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自分の直感に従えばよかったと思った話―春、ハローワークにて―

働きたい、障害者と健常者の狭間にいる鬱病pizzaの失敗談。


今思えば、これが失敗だったんだろうなと思う話。



保育士6年目の途中で退職、鬱病歴はもうすぐ9年目になろうとしている私。


退職から2年後、調子が上がってきて働きたくて仕方なくなり、ハローワークで、障害者雇用でもなくパートを探し、保育パートをした。数か月でダウンし辞めている。


その後は、”手帳かぁ、、、”と、障害者雇用で就活するか否か、ずっと迷い続けている。


いろいろ考え、保育の仕事はもうしないと決めた私は、調子のよい時期を見計らって、ハローワーク、求人誌など、あらゆる方法で、資格経験不問の求人を探し、社会に出ることを目指した。フルタイムはまだ無理でも、短時間の勤務から始めたい、まずは、ひとと関わること、社会という場にまた慣れていくこと、家から離れること、そして、収入を、少しでも自分で得ること、、、、、、

そんな中、地元のフリーペーパーで見つけた、倉庫管理作業の求人に応募し、なんと、面接時から、いわゆる“履歴書の空欄”の件を、「いろいろ、ありますからねぇ」と、何も聞かずに話してくれる長と出会い、しかも採用連絡がくる。そこで、迷惑をかけまくったが、11か月半働かせてもらった。約1年も働けた。ただ、最後の最後は、やはり、鬱を抱えて生きることを理解してもらうのは難しい、という、社会の厳しさを痛感することとなり、苦しかった。


とはいえ。


約1年、体を動かし働いていたので、体力の落ちない今のうちに次の仕事を探そうと思い、ハローワークに相談に行った。ちょうど、コロナさんが徐々に日本にやってきている時期で心配はあったが、心は次に向かっていた。
辞めた職場での自分の勤務中の状態、今の自分の調子、それを踏まえてどのように次の仕事を探したらいいのか、相談したかった。以前(数年前)に担当して下さったひとが穏やかなおじさんで、こちらが求めることを理解しサポートして下さる、話しやすい方だったので、またお願いしようと思ったが、もうそのハローワークにはいないとのこと。別の方に話をきいてもらうことになった。


私は、相談をする前に、ある小さなパンフレットを見て、もしかしたら、、、と思い持参していた。

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『サポステ』という、非営利活動法人の運営する就活サポートの場。


もともとは、引きこもりを支援する団体だったが、現在就職にブランクがあったり、つまずきや不安を抱えていたりする若者(15~49歳)を支援してくれる活動をしているという。


これって、私が気になっていた“障害”“病気”とか関係なく、いろいろな状況で働くことに不安のあるひとが気軽に行ける場所なのかな?
しかも、PCの練習とか、職場体験とか、、、、、、


敷居が高くなさそうだな。


ここに行ってみるか、行かずに一般求人、障害者求人について聞いてすぐに探して動いた方がいいのか、とりあえず窓口で相談してみよう。


そう思って、呼ばれた窓口へ。


淡々と、冷静に話すタイプの男性との相談だった。


事情を話して、サポステの資料も出してみて。


すると、


「いや、ここに行くよりも、○○のハローワークに“専門支援部門”という窓口があるので、、、」


と、


サポステの資料をさっ、と、手で払いのけた。


、、、、、、ああ、そうなんだ。


このときの私は、言われるがままだった。


約1年働いたが、やはりそれ以上は続かなかったので、素直に話を聞いた方が何か、今の自分に合う方法が見つかるのかなと思った。


専門支援部門、、、、、、


障害、その他の理由で、働くことにハンデがあるひとのための窓口。
なんだか、ざわざわしたが、「気軽に行って大丈夫」と聞いたので、別日に、その窓口のあるハローワークに出向き、“専門支援部門”の窓口を訪ねた。


窓口に現れたのは、笑顔の女性。




、、、、、、、、、、ああ、、、、、、、、、、、



思いだそうと、しているんだけれど、、、、、、、





思い出せることは。




この方、多分、精神的な疾患に対する、知識は持っている。

でも、でもね、、、、、、、、、、



前の職場を辞めた状況を話したら、

「あなたが悪いんじゃないのよ」

と言いながら、その職場の方々が、私に対してどんな気持ちだったか、どういう思いで私に接していたか、彼女なりに解説し始めたの。


現場を見ていたわけでもないのに。


周りの気持ちがみえない状態ということは、まずは自分が何ができるのか知らなければならない、だかなんだか言われたけれど、ほとんど覚えていない。


当時の私は、

”そうだったのか、、、、、、そうだったのか、、、、、、”

と、全部受け止めて心に刺さって、、、、、、


「でも、あなたが悪いわけじゃないのよ」

と。


私、もともと、散々迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そういう風に辞めたばかりだった。

そんなときに、

そういう境遇のひとの、弱い立場のひとのための専門部署の担当であるひとに、自分の苦しみより、相手の気持ちを代弁されてしまったことによって、心が、どんどん苦しくなっていって、涙がぼろぼろ流れて止まらなくなって、、、、、、、、、、


自分は、社会にとって迷惑なのか。


そして、気がついたら、重い障害を抱えるひとも通う施設などの資料をたくさん渡されていて、「行きたくなければ行かなくてもいいんだよ」と。



家に帰って、気づいたら、数日間重い鬱症状になっていて、とりあえず横になりたい、、、という、状態になってしまった。何年かぶりの感覚だった。


働きたくてハローワークに行ったのに、こんな状態じゃ働くどころじゃない、という状況になってしまった。

働くことに関する医師の診断書も、書いてもらって提出するように言われていた。

でも、苦しくて、、、、、、


診察日、病院に行って、初めて、今の先生の前で「助けてください」と泣いた。

先生も見かねて、

「これを(診断書)書けるような状態ではないので、、、」

と。

そして、


「お仕事については、今は、考えなくていいです!」


、、、、、、と。


この、先生の一言を聞いたとき、

心が、ほわーーーーっと、じわーーーーーーっと、溶けていくような感覚になった。


そうか。休んでもいいかな。


診断書も、提出しに行かなくていいと言ってくれた。

心が楽になった。

こんなに心がつかえていたんだ、、、、、、


先生、ありがとう、、、、、、




そんな、今年の春の出来事。


コロナさんもきていたし、stayhomeも叫ばれる中で無理をせず、気が向いたら求人チラシを見る程度の日々。

先月、フリーペーパーの配布スタッフの説明会に行ったが、想像以上の過酷さで断念した。



数日前、2週に一度発行される無料求人誌を何気なく見ていたら、

これ。

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これって、

久しぶりだけど、あのサポステだよね?

私が、興味があってパンフをもらった、そして、ハローワークの担当の方にさっ、と寄せられた、あのサポステだよね?


働きたいのに働けないでいる、という条件さえあれば、”障害”とか、”手帳がないと、、、”とか、考えずに話ができるんだ、”ひと”として、働くための方法を一緒に考えてくれたり、PC練習、表現活動なんかもできる、堅苦しくない場所のようだ。

まだ、行っていないから分からないし、車を運転できないと通い続けるのが厳しい場所ということもあって、なかなか勇気が出ないけれど、ここにきっと、いいことが待っている。


あのときは選べなかったけれど、今は、また就活を始めるならここに行ってみたいと思っている。


私の直感は、割と当たる。

エンジンがかかりすぎていない限り。


きっと、あのとき、サポステのパンフをもらったのは、直感で”いい”と思ったからで、違う方を選んだのは、自分に自信がなかったから。

自分の直感、信じてみた方がいいのかもしれないと思った。



もう少しパワーをつけて、背中、首、頭の痛みをなんとかして、勇気を出せたら、一度行ってみよう。




書きたいこと、うまく書けていない。

ハローワークでのショッキングな言葉たちを、覚えていなくて自分でびっくりした。

知識があるのと、やさしさは違う。

現実を知るのは大事だけれど、精神疾患のひとに寄り添うことができないなら、どんな専門知識もいらないよなって思った。

偉そうにごめんなさい。

私は働きたかったんです。

悲しかったです。


もう、専門支援部門に行けと言われても、行く勇気はありません。

どうするんだろう、、、、、、自分。



今、障害や病気に関わらず、働けずに悩んでいるひとが山ほどいるんだよなぁ。

コロナさんの影響で、大学生もだいぶ苦しんでいるのがわかる。



今、苦しみの中にいるひとに、ひとりでも、その苦しみに寄り添ってくれる存在が、ありますように。


生きてゆこう。





未熟ですががんばっております。治療費にあてさせていただきたいです。よろしくお願いします。