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女を見たら妊娠と思え

さかざきちはる「ペンギンアパートメント」見に行ってきた。
Suicaのペンギンやチーバくんの作者であるさかざきちはる先生の、ペンギンをテーマにした原画展。他の生き物と絡む作品が特に好きで、ペリカンに驚いたりメンフクロウの真似をしたり十姉妹を可愛がったり、シンプルなのに表情豊かなペンギンたちをずっと見ていたくて、小さなギャラリーを何週もしてしまった。ちなみにSuicaのペンギンはSuicaのためにデザインされたものではなく、さかざき先生の絵本に出てくるペンギンがSuicaサービス開始の広告に使われたのをきっかけに、カードのデザインや各種広告にペンギンが登場するようになったのであり、よってこの展示にJR東は関係ない。

女を見たら妊娠と思え。医学生や研修医が繰り返し繰り返し、耳にタコができるほど聞かされる言葉だ。一見関係なさそうに見える症状が実は妊娠によるものだったり、妊娠していると使えない薬や検査があったり。自己申告してくれれば話は早いのだが、本人も気づいていなかったり、隠そうとする人もいる。妊娠を見落とすと時に命に関わる誤診につながることもあるので、女性の診察では常に妊娠の可能性を頭に置いておきましょう、という教えである。

陽性判定から1週間ほど経ったある夜、風呂から出ようとするとひどい吐き気に襲われた。のぼせたかと思い、水分を取って涼しい部屋でしばらく休んだがいっこうによくならない。胃腸炎だろうか。今にも全部出てきてしまいそうだが、せっかく風呂に入ったのにゲロまみれになるなんて絶対嫌だ。根性で吐き気と戦っていたら夫が通りかかったので「胃腸炎かも。夫さんは大丈夫?」と聞いてみたところ「俺は平気だけど……妊娠悪阻じゃない?」と言い出した。妊娠悪阻とはつわりのこと、中でも症状が酷いものをそう呼ぶのだが(産科の先生、違ったらご指摘ください)、ここで「つわり」ではなく「妊娠悪阻」という単語がパッと出てくるのはなんともうちの夫らしい。生理や妊娠出産に関する夫の知識は主に産婦人科の教科書由来なので、出てくる単語は全体的に専門用語寄りで、余計な迷信や根性論が入り込む余地がない安心感がある。

女を見たら妊娠を疑え。いや一応妊娠はしていることになっているが、胎嚢だってまだ見ていないし、ただの胃腸炎をつわりと思って浮かれていたら恥ずかしいじゃないか。そして胃腸炎もつわりも対症療法が基本であることに変わりはない。薬箱を漁ると見慣れた吐き気どめが出て来たので、妊婦禁忌でないことを確認してすぐに飲んだ。明日も仕事なんだよ寝かせて頂戴。

翌朝。夫は「俺もお腹痛い……胃腸炎かも」とトイレにこもっていた。やっぱりそうか。ほとんど毎日同じものを食べているのだ、一緒になにか傷んだものでも食べてしまったんだろう。それに、個人差が大きいとは思うが、つわりは色々な食べ物を体が受け付けなくなると聞く。あのさくらももこ先生は本当に食べられるものがなくなってしまい、醤油をかけたシーチキンでなんとか食い繋いでいたというじゃないか。わたしは黒胡麻坦々麺も水晶鶏もトマトパスタも美味しく食べられている。二日酔いのような不快感はずっとあるが、胃腸炎ならば何もおかしくないはずだ。

数日後。相変わらず続く吐き気を薬と根性で誤魔化しながら大学病院に向かった。なんとか吐き気を飲み込もうと、内診台の上でひたすら昼ごはんのことを考えていたら、下腹部にかかったカーテンが少し開けられた。

「胎嚢見えてますよ。ここがyolk sac……卵黄嚢ですね。この点は赤ちゃんかもしれないけど、これは小さすぎてまだよくわからないですね」

カーテンの隙間から見えるエコーの画面に、境界明瞭で低エコーの丸いものが映っている。胎嚢である。本当に?妊婦のエコー画像を飽きるほど見てきたベテラン産婦人科医がそう言うんだからそうなのだけど、実際画面に映るのは教科書で見た胎嚢の画像そのものなのだけど、これがわたしの腹の中にあるとは俄かには信じがたい。

それにしても、あの吐き気はやはりつわりだったということか。わたしは妊婦ぶりたくない気持ちが先に来てしまいつわりを否定しようとしていたが、家族といえども他人である夫はすぐにつわりを鑑別にあげた。さすが夫、女を見たら妊娠と思え。

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