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映画パンフレット感想#31 『関心領域』


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感想

表紙の花の“赤”が目を引くパンフレット。彩度の高い特色インキ(ひょっとすると蛍光インキかも)が使用されており、色の選定にもこだわりがあるのだろうと思ったが、ビジュアルは国外と共通のようなので権利元と色見本が共有されているのかもしれない。どちらにせよインキの選定や色の調整には手間がかけられていそうだ。

中頁にも一風変わった仕掛けがある。はじめの8ページとおわりの8ページは一般的な印刷物と同様、白い紙への印刷だが、その中間の16ページには黒い紙が使用されている。さらに、上記に引用した公式アナウンスの文面や動画からわかるとおり、黒ページ部への印刷色は銀インキの1色のみだ。黒い紙に銀刷りとは思い切った仕様を採用するものだと読み進めていくと、劇中で最もインパクトがあったといってもよい、「闇夜にユダヤの女性がリンゴを土に埋め込むシーンをモノクロのサーモグラフィーで撮った映像」の場面写真が見開きで現れる。銀インキの反射が、映画館のスクリーンの白い部分の反射光のようで、劇中の映像が見事に表現されているような印象を受けた。むしろ黒い紙への銀刷りは、これをやりたいがために採用されたのではないかと思うほど効果的だった。

掲載記事は公式アナウンスに明記された他に、プロダクションノートもある。この記事は、他の作品のパンフレットのように各セクションの制作裏話を網羅するというより、主にジョナサン・グレイザー監督が語った言葉をライターが解説を付加しながら構成したものだ。監督へのインタビュー記事も別途掲載されているが、内容は重複しておらず異なるエピソードがあり嬉しかった。それぞれの記事で、「暴力を直接描かなかったこと」「サーモグラフィーを使用したこと」などさまざまな演出や描写について、ねらいや経緯が、監督の言葉により事細かに明らかにされている。

また、インタビュー記事で監督が言及したエピソードから、ある気づきを得たので紹介したい。同記事では、監督がホロコースト生存者の話を聞く催しに行き、その女性が語った言葉が後に監督の大きな指針となったとし、その言葉が紹介されている。これを読んで、つい先日読んだ『人間の境界』のパンフレットの久山宏一氏の寄稿の一部分を想起したのだった。同氏は記事内で、アグニエシュカ・ホランド監督が好んで引用するとして、ユダヤ人でポーランドの政治活動家であるマレク・エデルマンの言葉を紹介している。それが「注意深く見ていよう──誰かが悪に水をやっていないかどうかを。水をやると悪は育つから」というものなのだが、ジョナサン・グレイザー監督が紹介したのと非常に近しくふと連想したのだ。ホロコースト生存者もマレク・エデルマンも第二次大戦下に迫害を受けた人物。これらの言葉の源泉は同じところにあるのかもしれない。ぜひパンフレットを読んで確認してみてほしい。

寄稿記事では、RITTOR BASEディレクターの國崎晋氏による、本作のサウンドデザインに関する解説が面白かった。主に冒頭部の音響効果について事細かに分析したのちに、そのねらいを解き明かしている。私は冒頭の暗闇の音を「この映画は音が重要である」という宣言であって、観客に音へ注意を向けさせようとする仕掛けだろう、くらいにしか考えていなかったので、非常に学びになった。内容を頭に入れた上で、もう一度映画館で鑑賞したいと考えている。なにせ、映画館の音響設備でないと体感できないことだろうから。

また、このパンフレットを読んでいて得た発見をもうひとつ紹介したい。私は本作の鑑賞中、多用されるシンメトリー構図やフィックス撮影から、同様の特徴が見られるウクライナの映画作家、ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの作品を思い浮かべていた。そして鑑賞後、パンフレットでサーモグラフィーの解説を読んだ際に、ヴァシャノヴィチも『アトランティス』でサーモグラフィーを使用していたことも思い出したのだった。戦争/死/人間の残酷性の「冷たさ」に対して、希望/生/人間の愛を対置して描写するために「熱」を視覚的に表現した点で、不思議と符合していたのだ。

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