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御岳山の狐憑き

私は写真を撮るのが好きだった。画像生成AIが出てからはそちらにはまってしまったが、その前はニコンの一眼レフカメラを担いで車中泊をしながら撮りに行ったりしていた。

私の好きな場所の一つが霊峰御岳山である。登っても美しいし、山中にある森や滝、渓谷もすごく良い。この時は朝焼けの御岳山を撮るために出かけた。


霊峰御岳山での写真撮影

御岳山は遠いので着いたころには夕方になっていた。御岳山に来るといつも車中泊する場所があるが、今日は違うところで泊まろうと思い山を上って行った。

山の中で車中泊するわけだが、これがなかなか怖い。場所を決める基準は、とにかく、開けた見晴らしの良い場所、あとは第一印象だ。木が覆い茂った森の中はダメだ。何か悪い物が居そうだし、夜中に用を足しに外に出たとき、熊に喰われそうで怖いからだ。

林道を進み良さそうな所を探しながら細い道を抜けると、見晴らしの良い牧場のような所に出た。空も見えるし眺めも良い。私はそこで泊まる事にした。

神秘的な雲との遭遇

牧場の様だが牛の姿は無い。今は使われていないようだ。広い丘を、ぬかるみに気をつけながら走り、なるべく車が水平になる場所を見つけ出した。

すっかり周りは暗くなり、遥か下界に町の灯りが綺麗に見える。その場所は標高1000メートルを越える所にあるのだ。車の外に出ると、夏だというのに肌寒い。月が出ていて、辺りをぼんやり照らしている。少し遠くを見ると、自分より低いところを、雲が流れて行くのが見える。何か神秘的な雰囲気だ。

「んっ?」見ると、流れている雲の一つがこちらへ向かって来るのが見えた。積乱雲になる前の、小さめの積雲だった。どうみても、このままだと、この辺りにぶつかりそうだ。

そうこうしている間に、積雲は、足元からぐんぐん迫ってくる。遠くに見たときは小さく見えたが、間近に迫ると大きい事、大きい事。積雲はそのままぶつかって来た。多分、私の立つ丘の上を擦りながら通り過ぎて行ったのだろう。

積雲がぶつかった途端、視界はなくなり、濃い霧の中に入った感じだ。小雨混じりの強い風が吹き荒れている。少しして、雲が通り過ぎると、また月夜にもどった。呆然としながらも、迫力ある光景に感動を覚え車に戻った。明日は早起きしなくてはならないので、まだ夜の9時頃だったが、寝袋に入り就寝した。

狐憑きの悪夢

寝苦しさで目が覚めると、まだ12時を過ぎたあたりだった。外を見ると、天気が崩れたのか小雨が降っている。「朝焼けの御嶽山は、無理だな」と呟き、寝袋に潜り込んだ。暫くすると、悪夢にうなされ目が覚めた……「体が動かない」。金縛りに掛かっていた。

金縛りは、過去にも経験があったが、その時は病院のベッドの上や自宅だったので、周りには人が居た。しかしここは、人っ子一人居ない深夜の山中、恐怖が私を襲う。へたに外に意識を向け、何か居たら嫌なので、私は意識を中に向け、何かしなくてはいけないと思い、神に祈った。こういう時だけ私は神に頼ってしまう都合のいいやつなのだ。

一心不乱に「神様神様助けて…」と祈っていると、「コーン」という鳴き声と共に、金縛りが解けた。

「コーン???」金縛りが解けて恐ろしい事が分かった。私は自分の口を尖らせ、両手を弧の字に曲げ、まるで狐の様な格好をして「コーン」と鳴いていたのだ。空恐ろしくなり、顔から噴き出した脂汗を拭い時計を見ると、丑三つ時の深夜2時。ここに居てはまずい、と直感した私は、車のエンジンをかけライトをつけた。外はいつの間にか、深い霧に覆われ、数メートル先も見えない状況になっていた。

霧の中の脱出劇

記憶を頼りに、入って来た細い道を探す。雨のせいで、ぬかるみが酷くなっていたので、注意を払い、ゆっくり進む。しかし全く出口は見えない。霧と闇の中、方向を間違えたらしい。こうなるとどうしようもない。動けば動くほど迷うに決まっている。霧は一向に晴れる様子がないので、夜が明けるまで動かず待とうかと思ったが、どうしてもこの場所に留まるのは嫌だった。また、自分の意識を乗っ取られるのではないかという恐怖感があったのだ。

普段の私は熱心な信者ではないが、恐怖に包まれたときは神に祈ることしか出来なかった。いや、祈らなければ、恐怖でおかしくなりそうだったのだ。

「神様、どうか出口を教えて下さい!」そう何度か祈り、何とか出口を探そうともがいていると、突然右前方の視界が開けたのだ。それはまるでモーセの十戒のように霧が割れて、出口まで霧のトンネルが続いていた。しかしそれは一瞬の出来事で、またすぐに辺りは霧に覆われ、車のライトもただ白い霧を映すだけとなった。

私はしっかり目に焼き付けた出口の方向へ進んで行った。百メートル程進むと、出口が現れた。もうそこからは一本道、五メートル先が見えれば降りて行ける。そうして、いつも泊まる場所まで辿り着き、ホッと一息。ここには悪い気配は無く、安心して眠りについた。

帰路と考察

目が覚めると、やはり天気は悪く、撮影を諦め、帰路についた。しかし、あれはいったい何だったのだろう。狐が憑きかけたのか。ともあれ、私の体は狐にとって余程居心地が悪かったのか、あれ以降、これといって変わった事も無く過ごしている。

私は、山に行くと、時たま不思議な出来事に出会う。やはり山には、得体の知れない何かが居る。私はそれを意志を持ったエネルギー体と呼ぶが、人によっては精霊と呼んだり、妖怪と呼ぶのだろう。何にしろ、まだ未発見の新種の動物が居るように、未発見の意志を持ったエネルギー体が居ても不思議ではない。

あの場所は人が立ち入ってはいけない精霊の聖地だったのかも知れない、私はあれ以降あの場所には近付いていない。



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