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『クライシスマネジメントの本質』

今年は、東日本大震災から丁度10年
という節目の年であった。
3月11日、多くの人が10年前を振り返り、
色々なことに思いを致したものと想像
している。

このタイミングに間に合わせる形で、
極めて大きく、かつ重いテーマに
挑んだ、「鎮魂の書」とでも言うべき
大作が上梓された。
西條剛央さんの著作、
『クライシスマネジメントの本質
 本質行動学による3・11
 大川小学校事故の研究』

である。

出版を記念して、ドラッカー学会の
井坂康志さんと西條さんが、
ちょうど一週間前に対談を行っており、
その際に伺った内容も踏まえて
ここに学びをまとめておきたい。

分析の主題となっている
「大川小学校の悲劇」は、
本書の帯に、

学校管理下で起きた「戦後最大の悲劇」

とある通り、文字通りの悲劇であり、
痛ましい事故である。
学校管理下にあった88名中、
生存者わずか5名。
この悲劇を繰り返してはならない、
再発防止のための本質的な対策を
講じたい
、そのような著者の
強い思いが本書には貫かれている。

詳しい内容は本書に譲るが、
事実関係を一見すると、
さっさと裏山に登って避難していれば
みんな助かったのではないか?
なぜそうしなかったのか?
人災ではないのか?
といった疑問が沸き起こる。
しかし、事はそう単純ではなかった。

生存者から伝えられる断片的な事実、
現場に残る悲惨な災害の爪痕、
県や市、教育委員会などの管理側の
論理に基づく一連の対応、
遺族たちの悲しみと、真相を知りたいと
いう思い。
これら様々な事情が入り組んで、
カオスとなっていた事後検証の状況を、
著者の「本質的な構造を捉える」
アプローチによって丁寧に整理し、
「真実」をあぶり出していく
過程が
見事である。
同じような内容の記述が、
前後で複数回登場しているのも、
丁寧に論証をしていることの
裏返しと言えるだろう。

そして、今回の事故からの学びを
体系的に整理して「本質」部分を
捉えたことにより、我々が深く胸に
刻むべき「教訓」
を提示してくれて
いるところに、本書の最も本質的な
価値があると思われる。

以下、その「教訓」を、自分なりに
3つに整理して記してみたい。

まず1つ目に、危機にあっては思考停止
に陥るリスクがあることを踏まえて、
実効性の高い行動原則を日頃から
徹底して教育する必要
がある、
ということが挙げられる。

大川小学校の悲劇では、様々な心理的
バイアスが、状況の悪化を助長した
ことが分析されている。
【正常性バイアス】
【経験の逆作用】
【逆淘汰】
【他の脅威への危機感】
【同調性バイアス】
これらが相乗効果的に重なりあって、

【超正常性バイアス

とでも言うべき状況が生じていた。
こうしたバイアスを跳ねのけて、
危機回避のために正しい行動を取る
のは難しい。
だからこそ、日頃から徹底した訓練、
反射神経的に行動に移せるような
準備
が必要となるのだ。

本書の第5章に、より具体的な提言が
10項目にわたって列記されている。
そのどれもが、非常に本質的かつ
すぐに適用可能な具体性を持ったもの
となっている。
本書が、公教育関係者の目に留まり、
速やかに現場に導入される機運が
醸成されるのを期待している。

と同時に、自分自身もこれに基づいて
具体的なアクションを取る。
私の住む横浜市北部は、さすがに
津波の被害はないだろうが、
地震や台風などの他の自然災害時に
応用可能
だ。


2つ目に、西條さんがかねてより
主張されている「方法の原理」の
有用性
を改めて実感させられた
ことを挙げておきたい。

「方法の原理」とは、

方法の有効性や妥当性は、目的と状況に応じて決まる。

という、パッと聞くと「当たり前」に
思える原理である。
1つ目の学びともかぶるが、非常時、
心理的なバイアスがのしかかる際で
あっても、この「方法の原理」に立ち
戻ることで、難局を切り抜けられる
可能性が飛躍的に高まるはずだ。

この原理を、自分なりに言い換えるなら、

「目的ファースト」×「臨機応変」

である。
まず目的が何かということに立ち戻る。
その上で、現場の状況に応じて、
柔軟に対応を変える。

そうすることで、危機対応時にとった
方法が有効に機能しやすくなる。


最後に、3つ目の学び。
組織人としての自分の方が、個としての
自分より悪いことをしてしまいがち

ある。
いわゆる「共同責任は無責任」状態に
陥りやすいのだ。
「ダークサイドに堕ちやすい」と表現
しても良いのかもしれない。

個としての自分と、組織人としての自分が
Integrated(統合されている)であること。
それが、ドラッカーの言う「Integrity」
真摯であることである。
組織にいると、個人の価値観を優先する
か、組織の価値観を優先するかで、
葛藤を余儀なくされることがある。
そして、特にここ日本では、組織の
価値観を優先したばかりに失敗に陥る
というパターンが目に付くのは事実だ。

そんな時に、勇気をもって「Integrity」を
追求すること。

つまり、個人の価値観を犠牲にせず、
葛藤を超えて、何が本質的に正しい
のかを考え、それに従うこと。

それが何より大切であるという
メッセージを受け止めた。


500ページを超える大著である上に、
痛ましい事故内容に読んでいて
苦しくなる部分があることも手伝って、
このnoteを仕上げるのに随分と時間が
かかってしまった。
時折エッセンスを思い返し、
大切にしていきたい一冊である。



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