山葉

転々

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最近の記事

日記 2/29

 今日は四年に一度の日だ。ふつうに労働なのだけど、なにかしらめでたく感じる。  このままだらだら生きていてもしようがないなと思い、といって死に向かうほどの熱意もなく、惰性で生きている。みんなそんなものさと俯瞰してみせるのはたやすく、なにか自分以外のものがあればいいのだけど、あいにく私の生活の圏内に他者は一人もいないので、植物でも買おうかと思った。サボテンとか。そうすればずっとカーテンしめっぱなしの我が家も、サボテンを気遣って日当たり良くするようになるかもしれない。たくさん

    • 日記 4/20

       日記をつけたいと思った。紙の日記はしかし面倒だ。紙のほうが読み返しやすいのはそうなのだけど。  村上春樹「羊をめぐる冒険」、その上巻を読み終えた。春樹くささは最新刊に比べて強いけれども、それが嫌味とはもう思われない。むかしはあんなに村上春樹ぎらいだったのに、己が丸くなったのか成長したのか、どうか。主人公は30歳を間近に控えており、私もちょうどいまその時期なので、三十路を迎える前に読み始められてよかった。  仕事を終えて、かねてより行きたいと思っていた中華屋に足を運ぶと、

      • 日記 3/28「このままじゃいけない」

         今年は暖かくなるのが早くて、冬が好きな私にはすこし飽き足らない。分厚いコートを着ればファッションも何とかなるから便利だというのに、こうも昼頃あたたかいと無骨な外套はいかにも場違いで、春服には毎年困る。ともあれ季節は巡りてこれでもう何度目の春。私は相変わらずつまらない女の尻を追いかけてばかりいる。  非モテをこじらせて思えば遠くに来たものだ。いくつも下の女の奴隷になりますと契約書を結んで音沙汰がない。どうでもいいな。twitterでつながりのある大学の先輩の風俗嬢は、相変わ

        • 日記 2/25

           沖縄の基地関連の文庫を2冊読んだ。正味、道産子には縁遠い話。沖縄から見てそれ以外の場所、というより都市部は「本土」と称される。北海道から見た「内地」の別バージョンだろう。私が内地を思うとき、範囲は東北から関東くらいまでだけど。沖縄の人たちの言う「本土」に、北海道は含まれているかどうか。  アンチフェミニズムに染まろうと思っても、その界隈はいかんせんネトウヨ味が強く、私の趣味ではない。仮にも右翼を保守を名乗るなら、米軍基地なんて存在を許容できるだろうか。これは人形遊びの論調

        日記 2/29

          日記 2/16

           何年かぶりに小説を書いた。小説と呼んでいいものかわからない。私は何でも一気にやってしまわないと仕方ない性分で、本を読むのもそうだし勉強や仕事もその傾向がある。物語るのも同じで、その日の気分次第で書ける分量が関の山だ。だから五千から一万くらいの文字数しか連ねられず、お粗末な文章になる。  このアカウントが秘密の場所と思っていたら捕捉されていたので驚いた。隠し立てしているわけでもないので構わない。私自身一年近く存在を忘れていたアカウント、たまに稼働させて、ぽつりぽつりと記して

          日記 2/16

          今日芥川賞発表だから明日の休みにでも読みたいな

          今日芥川賞発表だから明日の休みにでも読みたいな

          日記 20221214「鳳仙花」

           数人の女にたくさん貢いだひと月。預金が百万近く減った。誰も笑うな。首を吊らなきゃなぁと思う。  俺は人間として不具らしい。そういうたしかな手触りがある。  ブックオフ出張買取に、たくさんの積読を売り払う旨を告げた。これで生きる理由が少なくなる。読書以外に趣味のない俺だ。本を読まなければ死ぬより他にない。  やっぱり器用に生きられないね。鳳仙花、鳳仙花。

          日記 20221214「鳳仙花」

          日記 9/9

           おはようございます。遅おきです。もう一日がだめになりました。  どこかに買い物に行きたい気分。札幌は宣言の延長が内定したらしく、茶番はまだまだ続きそうです。本を買いましょう。きっと読まない読めない長い長い本を。

          日記 9/9

          日記 9/8

           死のう思った。いまさらだ。この繰り返し。  やはり私は、人の世に、生きていくべき存在ではない。華やかに死ぬ? しめやかに死ぬ? どうでもいいな。生き様さえ選べない私だ。死に様を選べると思うほど、バカではない。けれどもし、選べるなら、誰にもせめて迷惑をかけないようにしたい。そういう話だ。

          日記 9/8

          日配 9/7

           何もしていない。改めて言うまでもない。よくぞこんな調子でことばを連ねる営為が続いたものと思う。  増田みず子「麦笛」は、結局読みさしにしている。あさっての休みに読めたらいい。  読みたい本の多さに、伝わらないことばの多さに、気づくといつも私はたじろぐ。たじろいでもう数年経つ。ずっと、立ちすくむままかもしれない。  気候はすっかり秋模様。真夏のピークは去って久しい。なにも、ないよ。ないよな? ないな。ないね。

          日配 9/7

          日記 9/6

           もうだめだな。俺は。  今年で震災から三年。なにか変わったどころか、私は退化している。チン凸して、その繰り返し。昔はまともだった。だったはずだ。はずだよな。たぶん違う。今も昔も、私はどうしようもない。己の手で、始末をつけよう。死ぬにはもってこいの日、そういう一日を、私は待ち望んでいる。  台風もなく、静かな一日だった。生活を立て直せそうになかった。龍角散のブルーベリー味を舐めている。おいしい。

          日記 9/6

          日配 9/5

           見ず知らずの女の人に保険証の写真とlineのコードを伝えた。これでどうなるわけでもない。もう何も、どうでもいいという心持ちだ。  煙草も酒もいつもどおり。ほがらか。

          日配 9/5

          日記 9/4

           休みの日。読もうと思っていた本は一ページも進めないまま、インターネットの毒に浮かされていた。俺というのは、きちんと、不誠実な、男であると。今さらなんの弁明ができるだろうか。語ることがものうい。  昔はもうすこし、きちんと、ことばを扱えていたのだ。これは、ほんとうだ。そう思いたい。  すっかり秋の気候、半袖はじきに終わる。

          日記 9/4

          日記 9/3

           私はどこを目指そうとしているのか。何もかもさらけ出して、どうにか受け止めてくれる人を探すしかなさそうだった。  酒を飲んでいる。

          日記 9/3

          日記 9/2

           やはり日記は、一日の後半、夕方からの時間に書いたほうが、それらしい感じがする。  月初め、いつもそうであるように、筋トレをはじめた。今日はまだ続きそうだ。明日もきっと。そしてやがて三日坊主になる。いつかは成功させたいものだ。  夕飯をまだ決めていない。俺は限りなく自由だ。

          日記 9/2

          日記 9/1

           日記というのはどの時間帯に書くべきなのか。  私の部屋は建物の1階で、夏至の前後こそ早朝でも日がさすのでカーテンを開け放していたが、今はその用も立たない。朝四時過ぎに起きる仕事柄、起きたらすぐに部屋の電気をつけて、カーテンを閉ざしたまま、朝のルーチンを果たす。そのまま電気を消して、暗がりの部屋にしたまま、仕事に出る。今がそうだ。地下鉄の始発。  帰る時間は十八時以降、また部屋に電気をつける。仕事のある日は、部屋に陽の光が降らなくなる。そういう季節のはじまり。札幌の秋はい

          日記 9/1