「どうして新型コロナウイルス感染症の治療薬ってないの?」 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2021年5月号
#開業医のひとりごと
#月刊ピンドラーマ 2021年5月号 HPはこちら
#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文
ブラジルでは新型コロナウイルス感染症の第二波の真っ只中ですが、このコラムの24人の読者様、皆さんお揃いですか? 昨今の感染症で亡くなった方はおられないことを祈ってます。今月も去年から続いているコロナのひとりごとです。当地の第2波は感染者・死亡者ともに去年より多く、あまり見られなかった若齢層の発症と重症化が特徴です。この原稿を書いている4月下旬では一日の死者が3100人強で推移しており、その数字は「若干減少してきているのでよかった」と言った論調です。まあ、先月(2021年4月)は4000人死亡までいったので、減ったことは減ったのですけどね。数か月前までは「死者また1000人を超えた!」で騒いでいたので、人間、慣れって怖いです。1年前と今との違いは、ワクチン接種が行われているのと、ウイルスが変異株に置き換わっているところですが、変わらないのが決定的な治療薬がない感染症だと言えるのではないでしょうか?
『実際の生活をしていると、軽症の場合コロナにかかっても効く治療薬はないので、対処療法になるか、放置されるかになることが多いのではないのか? 後者は日本の場合だな。診てくれるとされているお役所(保健所)がパンク状態だから。でも実は“コロナ治療薬”はあるのだな。大きく分けて3種類。まず、現時点で承認されているものがある。デキサメタゾンやレムデシビルなどで、これらは入院患者の重篤化に使用される治療薬なので、ほとんどが軽症の実状の生活にはあまり関係がない。次に承認されていないが治療薬として使えるもの、例えば最近日本のメディアでもよく載るイベルメクチンがこの分類に入る。そして実は既に承認されているが、あまり話題にあがらないもの。日本では正規の医療に使用される漢方製剤があるのだ』
何故新型の疾病に対して治療薬がない、あるいは少ないのは現在主流のいわゆる西洋医学の一番大きな特徴のためです。曰く、西洋医学の治療は次のように決まります:
ヒトが発熱とか痛みとかの症状がある → 診察と検査をする → 診断が確定(推定)する → 確定または推定された疾患名と関連する薬物(あるいは外科措置)などで治療方針を決定 → 治療をする
つまり、疾患名を確定しないと、その疾患に効果がある治療ができません。あるいは、疾患名が確定しても、その疾患に効果がある薬物や措置が存在しないと治療ができないといった制限があるわけです。診断が確定しない時や効果のあるモノがない時はこの流れが最後の治療まで行き着かないので、そういった場合は対処療法しかできません。診断が確定しないのはそれまで未知の疾患であるか、検査方法が確立してないかのどちらかです。では確定した場合のそれに効果がある薬物(外科的や理学的な措置もありますが、ここでは薬物として考えます)はどのように検証するかというと、コロナ禍で一躍有名になっている「治験」によって行われます。基礎研究や動物実験を経てヒトに“薬の候補”を使用して効果や安全性、投与量や投与方法などを確認する作業が「治療の臨床試験」、略して治験と呼ばれます。この確認作業はいろんな方法があるのですが、医学の世界で一番良しとされているのが「double blind randomized (clinical) trial 二重盲検無作為比較試験」という試験のやり方です。
『いろいろ条件などもあるのだがすごく簡単に言うと、試験に参加する患者を抽選で二つのグループに分け、投与する医師も服用する患者もどんな薬(試験薬か偽薬)を投与/服用するのか一切知らずにすすめる方法だな。つまり、最後にならないと、誰が何を服用して効果があったかわからないので、“治療薬を使用して良くなった”といったような暗示、つまり主観的な判定を減らす方法とされている。二重盲検無作為比較試験は是非があるのだが、できるだけ万人に効果がある薬を求める西洋医学の考え方に沿っているので、この方法以外では治療薬の評価が有効でないと考える医者がほとんどである。モノによってはこの試験方法が一番よいわけではないけど、一種の宗教的盲信だな』
治験の結果は統計学的に解析されます。それで、統計学的に有意な結果がでるには検定力という概念、簡単にいうとある程度の数が必要です。例えば、「効果が半数にある」という結果があるとします。2人に試験して、1人に効果が現れるのと、1万人に試験して5000人に効果が現れるのでは同じ半数ですが後者の方が信憑性がありますね。つまり検定力がないと、「統計学的に有意差が認められない」といった状況になり、治験が成立しません。まさにこの状態に陥っているのが、日本の抗ウイルス剤アビガン(ファビピラビル)です。日本ではコロナ患者が欧米やインド、ブラジルなどと比べ少ないので“数”が足りないので評価できないということになっています。
『しかし、現在のコロナ禍は衛生上の緊急事態なのだな。なので、悠長に普段のとおりの事前審査や治験申請をある程度割愛し、「緊急事態承認」といった方法をとらないとコロナの治療薬やワクチン等の開発には5年、10年かかる。実は今ブラジルやヨーロッパで使用されているワクチンはファイザー製を除き、どれも緊急事態承認薬なのだな。つまり、「緊急事態だから使えますが、恒久的承認ではないですよ」といったものなのだ。日本は折角アビガンや大阪大のDNAワクチンなどがあるのに普段のとおりの審査をやっているからそれらは世に出ないのだ』
「折角日本の」といえば、コロナ治療薬として非常に高い可能性をもっている薬物がイベルメクチンです。寄生虫の駆虫剤であり、この薬品の開発で日本の研究者大村智先生がノーベル賞を受賞されていますね。イベルメクチンはウイルスの増殖を阻害する効果があるのが知られており、ブラジルを含め、去年より世界各地で試験されて(27か国で44研究)有効性があることが示されています。予防、早期治療、死亡率の低下に効果が認められています。しかし、疑問が多い研究結果が有力医学誌に発表され、それを元に否定的な意見をする医師や団体が多く、何よりも開発した製薬会社が否定的であるのが目を引きます。製造元のメルクによると新型コロナに対してイベルメクチンは安全性と有効性がないと言っているのです。この薬は主に中南米やアフリカで河川盲目症と呼ばれる寄生虫症やシラミの治療に億単位の数の錠剤が使用された実績があり、さほど副作用が出ない安全な薬と位置つけられていたのが、コロナには安全ではないことになったのですかね?
『大村先生の話によると、コロナ禍が始まり、製造元のメルクにイベルメクチンをコロナ治療薬に承認させようと持ちかけたところ断られたそうだ。メルクを含め、各製薬会社は治療薬の開発に躍起になっているが、どれも抗ウイルス剤や抗体医薬などの方向だ(註1)。イベルメクチンは安い薬だな。1回の治療が20〜30万円する抗ウイルス剤や抗体医薬を開発している製薬会社はイベルメクチンでコロナが治ってしまったら困るわけだ。どうやらその辺りの経済的理由でイベルメクチンやコルヒチン、ヒドロキシクロロキンなど安価な薬品をつぶしにかかっている。そのように思う』
ブラジルでは医師の自主性を医業の基本と位置つけるので、患者の利益になるのであれば、医師が責任をとり患者の同意があれば非承認の薬でも使用できます(自費診療の場合)。そういった意味では、日本でコロナに罹患するより、当地でしたほうが治療の範囲が大きいと言えます。ただし、当地の巷で流通している「kit covid(キッチ・コビージ)」なるものは絶対に勝手に服用しないでください。コロナに効くだろうとイベルメクチンを含め色んな薬で構成されたキットで、それぞれは危険な薬ではないのですが、大量かつ併用するため下手をすると重篤な肝障害を起こします。素人がコロナパニックで手当たり次第服用し、良からぬ副反応が現出し、折角の有用な薬物を否定的な効果にもっていって大変残念です。そして実は既に承認されているが、あまり話題にあがらないもの、日本では正規の医療に使用される漢方製剤は来月のひとりごとで展開しますのでまたお付き合いいただけたら幸いです。
註1:2021年4月時点で新型コロナウイルス感染症治療薬として承認されている薬物:デキサメタゾン(ステロイド系消炎剤、免疫抑制剤)、レムデシビル(抗ウイルス剤)、バリシチニブ(抗体医薬)、Regn-Cov2(カシリビマブ+イムデビマブ)(抗体医薬)、ケブラザ(抗体医薬)。
診療所のホームページにブラジル・サンパウロの現状をコメントした文章を記載してますので、併せてご覧いただければ幸いです。
秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、予防医学科)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。
月刊ピンドラーマ2021年5月号
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