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第73回 実録エッセー『ボクらのコロナワクチン狂騒曲』 カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2022年4月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2022年4月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

先日、ついに新型コロナワクチンを接種した。

何を今さら、という感想をもつ人も少なくないと思うが、ボクの周りにはナチュラリスト的な観念をもつ風変わりなヒッピーがけっこういて、そのような人たちには反ワクチン派が多い。彼らがどのような思想でワクチンを打ちたくないのか、その詳細は人それぞれだと思うけれど、ボク自身がなぜこれまで打ってこなかったのかというと、単にその必要性を感じなかったからである。ワクチンを接種したからといって、『絶対にコロナに感染しない』というわけではなさそうだし、もしコロナに感染してしまったとしても、ボクの年代では重症化のリスクもさほど心配なさそうだ。この2年間、巷間ではコロナコロナと新型コロナウイルスの話題ばかりだったけれど、ブラジルのど田舎でのんびりと暮らしているボクにとっては、いつまでも実感の湧いてこない出来事だったのである。そんなボクが、どうして今さらワクチンを接種する気になったのかというと、あの悪名高き『ワクチンパスポート』の存在を無視できなくなったからだ。

ある日、インターネットでニュースをチェックしていると、バスの乗車や公的施設の入場にもワクチンパスポートの提示が必要になるという記事を発見し、目が釘付けになった。商品の仕入れや旅行に行くにもバスには乗らねばならないし、役所などの公的施設にも、年に数回程度ではあるが入場する必要がある。もう少し時間がたてば新型コロナに関する規制も少しずつ撤廃されていくのであろうが、その時期を予測するのは難しい。ちゃぎのが役所に行かねばならぬ時期も迫っているし、これ以上ワクチンから目を背けるわけにはいかなかったのである。

思い立ったが吉日、さっそく保健所に行き、「ワクチンを打ちに馳せ参じた。俺の気が変わらぬうちにヤッてくれ!」と絶叫、その場で左腕を差し出したボクであったが、係員の反応は非情であった。なんと肝心のワクチンがないと抜かしやがるのである。去年、ワクチンが出回り始めた頃は、市役所も大いに喧伝・宣伝をし、民衆も列をなして保健所に並んでいたものだが、それも過去の話。今では州全体がワクチン不足に悩み、入荷も未定だという。まったくなんという体たらくであろうか。ワクチンパスポートで人流を管理しようとしているにも関わらず、ワクチンそのものがないというのである。

「来週あたり入荷するから」
という係員の言葉を信じ、翌週も、翌々週も保健所を訪れたボクとちゃぎのであったが、相変わらずなしのつぶてであった。

これぞ、ブラジルあるある!

とにかく自分の思うようにいかぬのが南米生活の常であり、この国に住んでいればそんなことにはすっかり慣れっこになってしまうが、ちゃぎのの役所への出頭期限も数か月後に迫っている。ワクチンの接種証明として効力を発揮するためには最低2回は注射をせねばならず、1回受けただけではバスの乗車や公的施設への入場は認められない。しかも1回目と2回目のワクチン接種では28日以上の間隔を空ける必要があるというから、その日数を計算にいれると残された時間はあと僅かであった。

まあなんとかなるだろう。と、日々を快活に過ごしつつも、やはり気になるのはいつワクチンが入荷するのかということで、あんなに受けたくなかったコロナの予防接種が、いつの間にか切望の対象になってしまったのは皮肉である。それもこれもワクチンパスポートを提示しなければ、バスに乗れぬ、施設にも入れぬという意地悪を国が奨励しているからで、まことにもって残念だ。

このような行政の横暴に対抗しつつ、ついでに金を儲けてやろうと悪知恵を働かせる者も当然いて、噂によると『偽造ワクチンパスポート』なるニセ証明書も闇で取引されているらしい。それも単なる印刷物のコピーではなく、政府のデジタルシステムにも登録されるというシロモノで、ここまでくるとフェイクというよりは裏取引という言葉の方がしっくりくる。相場は500レアル(約11000円)とのことだが、ゴリゴリの反ワクチン派というわけでもないボクとちゃぎのにそこまでする気概はなかった。通常の社会生活を営むために、素直にワクチンの到着を待つことにしたのである。

ちゃぎのが役所に行かねばならぬ期日を迎える1か月半ほど前にワクチンが届いたとの知らせを受けたボクらは、今度こそ! と、鼻息を荒くしながら接種会場へと向かった。

「ワクチン賛成派も反対派もクソ食らえ。オレはバスに乗れさえすればいい。こんな茶番はもうウンザリだ!」

そんなことを思いながら会場に入り、看護師に左腕を差し出すと、アルコール消毒をされる間もなく、ボクの体内にワクチンが注ぎこまれた。筋肉注射なので相応の痛みを覚悟していたが、看護師の腕が良かったのか、蚊に刺された程度の刺激であった。メーカーはCoronavac とのことである。親友のエリアスは田舎町のブラジル人にしては珍しいワクチン反対派だが、もしどうしても打たねばならぬとしたらCoronavac がいいと言う。その理由を訊ねると、「中国製だから効かない。それがいいのさ」と満面の笑みを浮かべるのであった。

接種後の副作用も特になく、28日後に2回目のワクチン注射を終えたボクらは、ようやく政府公認の『通行手形』を手にすることができた。が、ここで新たな問題が持ち上がったのである。正式な接種証明を提示するにはスマホを介して認証・登録を行わねばならぬとのことで、さっそくブラジルの健康保険システム(SUS)のアプリをインストールしたが、どうもうまくいかない。まずログインできたりできなかったりといった初歩的なところから始まり、試行錯誤の末にようやくログイン、喜び勇んでワクチン証明のページにいってみると、
『所定の条件を満たしていないため、証明書を発行することはできません』
といったポルトガル語がビックリマークとともにチカチカ輝いている。
「タ・アコンテセンド・オケ ?ポーハ!」
と、スマホの画面を凝視すると、なんとボクもちゃぎのも1回目のワクチンしか受けていないことになっているではないか! バスの乗車や施設の入場には最低2回のワクチン接種が必要なため、このような表示がされているらしいが、つい1週間前に2回目の注射をしたオレたちに向かってなんて失礼なことを言うのだ! と、慌てて保健所に駆け込み、2回目のワクチン接種の実績を改めてシステムに登録してもらったが、ちゃぎのが役所に行かねばならぬ期日までにスマホアプリの情報が更新されることはなかったのである。

万事休す。あらゆる手を尽くしたが、公式のデジタルコロナワクチン証明書を用意することはできなかった。あるのは紙のワクチンパスポートだけで、簡単に複製できる性質のものであるから、係員によっては施設の入場を認めてもらえないかもしれない。そのような事態も想定しつつ、いざそうなったときには泣き落としをしてでも入場するしかない。必要ならばゲロだって吐いてやる。と、悲壮な覚悟で自宅から約300キロ離れた街の役所に赴いたボクらであったが、バスも、施設も、拍子抜けするほどあっさりと通過できたことをここに報告しておく。

以上が、ボクらのしょうもない『コロナワクチン狂騒曲』の全貌である。

というわけで、今日はこのへんで。

Até a próxima!


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu


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