「うつ」って度合いがあるの? 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2022年4月号
#開業医のひとりごと
#月刊ピンドラーマ 2022年4月号 HPはこちら
#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文
サンパウロでは、先週よりマスク着用義務が廃止になりました。世間の注目はウクライナの戦争に移っています。しかしどうしてもコロナ禍と関連するひとりごとになってしまいます。今月はコロナ禍の一番大きな影響である「うつ」に焦点をあててみます。これは感染症に罹患した方だけの後遺症ではありません。現在、我々地球上の全員がなってもおかしくない精神の不調あるいは病気です。
『日本の社会文化では「うつ」と言うと、単に怠けているとか、気合いで直すべきの根性論など、理解されないことが多いのではないですかね?そのため、医療の現場では「うつ」と診断されることを嫌う患者さんが一定数いる。うつ状態の特徴の一つに社会的・職業的機能の障害があるので、外部(他人)に診断書を提出しないといけない時には「自律神経失調症」や「抑うつ状態」など医学的にあまり正確でない文書を出してお茶を濁すことがあるぞ』
うつの医学的定義には
①憂うつ、気分が落ち込む、もの悲しいなどである「抑うつ気分」
②何も楽しめない、心が躍らないなどである「興味と喜びの喪失」
の二つが必ず存在します。簡単にいうと、「脳の機能の低下」と言えます。一説に嫌うことがたくさんあったので、本能的に自己防御として脳が身体全体の活動を低減させ、命を守るのである、といったモノもあります。そういった面もあるとは思いますが、先出の「脳の機能の低下」のほうがわかりやすいのではないかとこの筆者は考えます。つまり、脳も臓器の一種であり、どの臓器も無理をさせると機能不全に至り、酷い場合は後戻りが効かなくなり、臓器破壊までおこることがあります。例えば、飲酒をして、肝臓に負担をかけると、その度合いによっては肝機能障害をおこし、場合によっては肝硬変になって肝臓そのものがお釈迦様になってしまいます。仕事のし過ぎ(頭を働かせすぎ)でうつになってしまうような状況がこの例になります。
『うつ状態には必ずなんらかの「思考のしすぎ」がある。この「思考」は必ずしも「不快な思考」である必然性はないのだが、どちらかというと不快な経験と関連することがうつ状態を誘発させる原因(註1)になるのが多いので前出の自己防御説に発展するのではないかと考える。珍しいけど、楽しみのし過ぎでうつ状態にいたることもあるぞ』
うつ病はよく見られる健康上の問題です。日本人の場合、時点有病率が1〜2%(人口10万人に100~200人が罹患)、生涯有病率が10%程度であり、極めて頻度の高い病気です。女性は男性にくらべ、2倍ほど有病率が高く、発症年齢は思春期から老年期まで幅広いので、「誰でも」、「いつでも」うつ病になってもおかしくないとも言えます(註2)。身体的疾患や物質・医薬品が原因でうつ状態になっていることもあるので、それらを除外することが必須です(この話は2013年11月号のひとりごとを参照してください)。また、気分障害、不安障害、混合性障害などの分類の仕方もありますが(2010年03月号のひとりごとを参照してください)、今回は「うつの度合い」について考えていきます。
先に出た「抑うつ気分」と「興味と喜びの喪失」がうつ病の中核症状ですが、それだでけは「うつ病」の診断になりません。うつ病の正式な医学用語は、「うつ病性障害(major depressive disorder)」であり、これら中核症状の2項目プラス表の7項目のうち、3項目以上が「ほぼ毎日」、「1日中」、「2週間以上」続いている必要があります。
表:うつ病性障害の判断基準の症状
これらの症状により、就労や就学、日常生活に機能障害をきたしているのが「うつ病」と診断されます。さらに頭痛、眩暈、胃痛、食欲不振などの身体的不定愁訴が合併することが多いです。うつ病性障害の診断を確定する検査はありません。身体疾患や脳器質性障害を除外した上で、このような診断基準に当てはめて判断するしかありません(註3)。主観的な症状が主になるので、客観的評価が難しいのがうつ病の特徴でもありますので、診断は難しいです。そのため、医療保険の免責事項とされることが多々あり(検査などで診断を確定できない)、また、こういった訴えをする患者さんと向き合っている医療従事者(この場合は医師や臨床心理士など)の主観的な評定であるので(つまり、主観的症状を主観的判断する)なんら客観性がない診断であるといってしまっても過言ではないでしょう。
実際近年の社会傾向ではメンタル面やマイノリティーの尊重がありますので、それを悪用したケース(例:うつを偽って休職する)も見当たります。また、医療界では双極性気分障害(躁鬱病) の診断をするのが流行っている(註4)と言えますので、なんらかの事情で精神科を受診するとうつ病の診断と治療薬をもらって帰ってくることが多々あるのも見当たります。筆者の診療では、うつ状態の患者さんも多くおられますが、そのほとんどが「抑うつ状態」であり、うつ病の診断までには至りません。要するに、度合いの問題ではないかと考えます。前に出した飲酒と肝機能障害の例で考えると、軽い状態だと、禁酒すれば快復することがほとんどですし、薬物治療が必要であっても、過半数が回復します。しかし重症例もありますし肝硬変のようにもうどうしようもない状態に至ることもあります。うつも抑うつ状態から難治性うつ病まで度合いがあります。また、どの程度の負荷で脳がショートするかも飲酒の例と同じで個人差があります。軽度のうつであれば、カウンセリング(註5)や集団療法などの精神療法のみで治療できることが多いのですが、中等症以上では薬物療法が必要になって来ます(註6)。また、最近では理学療法の一種、「反復経頭蓋磁気刺激療法(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation (rTMS))」といった治療法も確立してきてます(註7)。とにかく診断が難しい疾病であることは間違いないので、「うつ病」と診断された場合はセカンドオピニオンを受けた方が良いのではないかとこの筆者は考えます。
月刊ピンドラーマ2022年4月号
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