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第67回 実録小説『ファンキおばあちゃんにgratidão』  カメロー万歳 白洲太郎 2021年10月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年10月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 その日、白洲太郎と彼の妻になる予定のちゃぎのは隣町の青空市場に仕事をしに来ていた。晴れるという予報も虚しく、どんよりと曇り空が広がっている。そんな中、「どうも、しらすたろうです!」などと叫びながら、太郎はYouTubeに公開するための動画撮影に一生懸命になっていた。チャンネルを開設してから1年と4か月。ゼーゼー言いながら所要の条件を満たし、なんとか動画に広告がつくようになった『ブラジル露天商しらすたろう』チャンネルであったが、平均再生回数は3桁程度と依然として伸び悩んでいる。どうすればもっと多くの人に見てもらえるのか、日々頭を悩ませている太郎であったが、よく考えればどこの馬の骨とも分からぬ40男の日常動画である。検索される需要もないし、ブレイクなど到底望めるものではない。そう自分を納得させてはみるものの、数万回、数十万回と再生されている他のチャンネルの動画が超絶に面白いのかといえばそんなこともなく、なぜこんなのが?と首を傾げてしまうクオリティのモノも少なくない。であればオレがブレイクしてもいいハズだし、いずれはそうなるだろうと、太郎は固く信じていた。最近は『貧乏』をキーワードに大衆の関心をひこうと試みているが、ちゃぎのの友だちに言わせると、『自虐的な』感じがして好ましくないらしい。本音を言えば、自分が貧乏などとは微塵も思っていない太郎であったが、視聴者が興味を持つようなキーワードと、実際の生活スタイルを照らし合わせた結果、『貧乏』というテーマにたどり着いただけのことである。当分はこのスタイルでいこうと思っているが、大事なのは結果が出るまでマイペースに続けることだ。そう自分に言い聞かせ、太郎は飽くなき闘争心で撮影に臨んでいるのであった。

 この日は青空市場で繰り広げられる白洲商店の悲喜こもごもを、現地ブラジル人との交流を通して活写しようという試みである。

 まずは屋台を設営しているシーンを撮影。まだあたりが薄暗い時間帯だが、市場で働く露天商としては当然のことである。それにしてもだ。ブラジルの青空市場で生計を立てている日本人など、そうそういるものではないし、個性は突出しているのである。そんなオレがどうしてYouTubeでブレイクしないのか、太郎は不思議でならなかった。海外在住系のユーチューバーはたくさんいるが、現地人と同じような生活をしている輩は意外に少なく、ましてローカル人相手に10円20円の商売をしている者など、太郎くらいしかいないのではないか? そんな希少価値に溢れる動画を惜しむことなく提供しているというのに、YouTubeからの評価はすこぶる低いらしいのである。がために、多くの人にオススメされず、いわゆる底辺ユーチューバーのカテゴリーから抜け出せずにいる。自分よりも大したことないヤツらがYouTubeの狂ったアルゴリズムにプッシュされ、何万回、何十万回、何百万回と再生されている、その現状が太郎は大いに不満であった。しかし他の底辺ユーチューバーも同じことを思っているのだろう。なんとかせねばと焦るあまり、ある者は過激路線に走り、ある者はチャンネルのコンセプトにそぐわないトレンドを追いかけ、そしてある者は更新そのものをやめてしまう。が、オレはちがう。と、太郎は拳を握りしめた。オレはオレのやり方で出世する。ブレない生き方。それこそが魑魅魍魎がうごめくブラジルで生き抜いてきた彼の信念であり、強味であった。

 屋台の設営が終わったので、あとは客が来るまでのんびりモードである。しかし太郎には動画撮影という仕事があるので、一瞬たりとも気は抜けない。何かいいネタはないかと周囲を見渡していると、商品をパンパンに積み込んだ年代モノの車が市場の路肩に乗り上げてきた。ここらで最も有名なカメローのひとり、パッチャンカの登場である。11人もの子どもを抱え、膨大な借金で首が回らなくなっているにもかかわらず、常に陽気さを忘れない稀有な人物であった。

「一応、撮っておくか」

とばかりスマホを向けると、心得た、といった笑みを浮かべたパッチャンカがカメラ目線で歌を歌い始めた。若いときにはバンドをやっていたという彼であったが、うまいのか下手なのか太郎にはイマイチよくわからない。そんなありきたりな歌などいいから、彼の特技である『入れ歯芸』を披露してもらおうと思い、ジェスチャーで促したものの、こういうときに限って気分が乗らないのか、その技が炸裂することはなかったのである。

 パッチャンカに興味を失った太郎は、他のネタを見つけるべく自分の屋台に戻った。しばらくすると、『空き缶はないかえ?』とやたらと背の低いおばさんが現れたのであるが、彼女も昔からの知り合いである。出会った頃は家政婦として働いていたが、いつのまにか空き缶拾いに転職していたらしい。これぞまさにブラジルのど田舎の庶民の姿であり、白洲太郎にしか撮れない映像である。カメラを向けると、おばさんはひととおりの身の上話と、空き缶がいくらになるのかをかいつまんで話してくれた。彼女には特定の仲介人がいるらしく、1キロあたり4レアルで取り引きしてるそうだが、他の空き缶拾い仲間の情報によると、キロ6レアルで引き取ってくれる業者もいるらしく、心が揺れているとのこと。青空市場で仕事をしていると、空き缶拾いをしている人が意外に多いことに気づかされるが、それがどのくらいの金になっているのかは知らなかった。空き缶ひとつといっても15グラムほどしかないので、1キロ集めるだけでも大変である。しかし歩き回ることによって運動にはなるし、さらに金まで稼げるとなれば、案外ステキな職業かもしれぬ。おばさんも健康そうだし、何より幸せそうなのである。貴重な話を聞くことができたと大満足の太郎であったが、そこでひとつ疑問が浮かんできた。オレ自身はとてもいい動画が撮れたと満足しているが、果たして視聴者は喜んでくれるだろうか? ということである。自分としては、普通の旅行者が遭遇することのできない映像をお届けしているという自信があるが、平均再生回数3桁という数字が物語っているとおり、とても大衆の支持を得られているとは思えない。が、太郎の動画を楽しみにしてくれている視聴者が一定数、存在していることは事実であり、そういった人たちを満足させつつ、いかに外に広げていくか。これが課題なのである。

 しかし一体どうすれば…。再びジレンマに陥る思いでいると、太郎の屋台にほど近いプレハブ小屋、週末だけ簡易Barとして機能している盛り場で何やら騒ぎが起きている様子である。なんぞや? とばかり目を向けると、カシャーサでベロベロになったおばあちゃんがファンキ・ミュージックに合わせて奇怪なダンスを踊っている。その様子はある意味セクシーであり、滑稽でもあり、神々しさすら感じさせたのである。これだ!と、閃いた太郎は夢中でシャッターを切り、動画を撮影した。人生を知り尽くした老婆の、集大成ともいえる命の燃焼。その貴重な瞬間を映像として残すことに成功したのである。これをYouTubeチャンネルに公開した日にゃあ、あっという間に100万回再生、最終的には1000万回以上の記録的な再生数を叩きだすにちがいない。

「ファンキおばあちゃんにgratidão 」

 そう呟いた太郎は缶ビールをひと息に飲み干した。
 空は相変わらず曇っていたが、彼の心はこれまでにないくらいに晴れやかである。

 世界がしらすたろうを知る日。

 そんな日が来るのも遠くはないと、ロン毛の東洋人は満更でもない表情で顎ヒゲをなでたのであった。


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu

月刊ピンドラーマ2021年10月号
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