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「キツネの噺ですよ、キツネ」 開業医のひとりごと 秋山一誠

#開業医のひとりごと
#月刊ピンドラーマ  2022年1月号 HPはこちら
#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文

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 謹賀新年。オミクロン株の騒ぎで始まった2022年、ウィズコロナの今年もどうかよろしくお願いいたします。早いもので、新型コロナウイルス感染症で振り回される我々の生活も2年になりました。このコラムの24人の読者様にとってはどのような2年だったでしょうか? 年末年始になると、今年の総括や今年の抱負などが例年の行事になりますね。ここでも年末の新語大賞のひとりごとを以前にしていますが(註1)、今年は日本の某外食系サイトの「今年の一皿」なるものに焦点を当ててみます。「今年の一皿とはその年の日本の世相を反映した食を指」すそうです。

 それで、今年の一皿の“大賞”に「アルコールテイスト飲料」が選ばれました。この賞が発表されているサイトによると、「アルコール度数が1%未満で、味わいが酒類に類似している飲料を指す」、選定理由を引用(註2)すると次のようになるとのことです:

・酒類提供制限の要請を受け多くの飲食店でアルコール代わりとして提供され経営の救世主となった。

・製造方法が進化し一段とアルコールに近い味わいになり、料理を引き立たせる飲料として飲食店や消費者から支持された。

・アルコールを好む人、好まない人どちらにとっても新たな選択肢として加わり、今後の日本の食文化として定着する可能性がある。

 この第一の理由に出ているように、もちろんコロナ禍と密接に関連した現象であるのがわかります(註3)。ここでも何回も取り上げましたが、コロナ感染の対策のなかでも「飲酒を伴う複数人の会食」が一番重要です。少しおさらいすると、コロナウィルスは接触感染以外は飛沫感染しますので、飛沫を飛ばす、飛沫を吸い込む、といった行為は「マスクを外し、しゃべりまくる、飲食する」と起こりますので「飲酒を伴う飲食店」が目の敵にされたわけでしたね(註4、註5)。ということで、酒を出してはいけないのであれば、酒のようだけど酒でないものであれば良いのだ! が今年の注目になったのですね。

『アルコールテイスト飲料はコロナ禍以前から流通していて、酒を飲みたいけど、体質的に弱かったり、時間的にダメであったりする方のもので、「健康的である」ことがウリの商品であったな。酒に弱い人が酒を飲まないといけない場面は日本の乾杯文化のせいだな。みんな酒で乾杯しているのにジュースでは盛り下がると。仕事中に飲酒したい人はもう完璧アル中としか言いようがないのでは? 筆者にはメーカーが言う「健康的」なところが理解できない。休肝日に利用したり、カロリーを気にする方向け(註6)なんだそうだが、前者はアル中だし(註7)、後者はそもそも量の問題であったりしませんか? ここまでして「酒」を飲まんといけないのか? 東洋医学では「酒は百薬の長」と言って、使い方では薬になるけど、「薬にも毒にもなる」モノですな』

 ここで注目したいのは、選定理由に書いてある「類似する」です。今の世の中、類似するモノだらけですよね。甘いけど、砂糖でないとか、肉みたいけど、肉ではないとか、女(男)みたいけど女(男)ではないとか。口から入るモノは大概「健康的である」というのがその存在価値ですが、どうでしょう? 人工甘味料は砂糖よりカロリーは少ないけど、健康的なんですかね? 人工肉は動物性蛋白が入ってないけど、製造過程や構成物質をみると健康的なんですかね? 良いも悪いもお酒の一番の特徴はエタノールの薬理作用であり、それが人類文明の発展や衰退、社会の潤滑に役立ってきたと思います。そこからエタノールを抜くと同じ効果を発揮できるのでしょうか? 人間、その気になれば、その気になって、問題なし! なんですかね? 酒を飲んだ気分になる…まあ、プラシーボ効果(註8)というのもあるし。自分を化かすというのですか? 「化かす」のは昔から日本の文化では人間がキツネに化かされたのだったけど、この類似品を喜んでいる人達はキツネに化かされる必要がないのでは。それとも大きなキツネの仕業ですかね。

『キツネの化かしや酒は落語の定番ですな。今回のアルコールテイスト飲料の話を見たとき、一番初めに思ったのが、ああとうとう酒もここまできたか、と、二番目が落語の「煮売屋の場面」が改定できるなだった。曰く、次のようになります:

 喜六と清八のコンビが、伊勢参りの途中でとある煮売屋に立ち寄った。

「おいおやじ、酒はあるか? 何々、地酒で良いのがあるって? 『村さめ』と『庭さめ』と『じきさめ』?」

「へえ、村さめ』は村を出た辺りですぐ醒めるますねん、庭さめは店を出た途端にすぐ醒めますねん、ほいで、じきさめは飲んだ傍からすぐ醒めますんや」

「呑まん方がましや、そんな酒。ぎょ~さん酒ん中へ水回すんやろ?(註9)

「そんなことはしまへんで、水ん中へ酒回します。けど最近はもっと良い酒が出てますんや。」

「なんちゅう酒や?」

「へえ、「さめない」ですねん。」

「お、そらええな。呑んでもさめんのか?」

「へえ、化かされて、元から酔わんし、覚めんのですわ」』

今年もどうかよろしくご購読をお願いいたします。

註1:2019年1月号と2021年1月号
註2:https://gri.gnavi.co.jp/dishoftheyear/2021/
註3:因みに、去年の一皿もコロナ禍関連で「デリバリーグルメ」であった。
註4:飲酒すると、アルコールの作用で抑制が効かなくなり、大概大騒ぎになるのは東西昨今、日本でもブラジルでも同じ。居酒屋やバールに行ったらすぐにわかります。
註5:当初、人が密集するのが一番危ないとされていたが、みんながマスクをし、喋らないで密集している通勤電車内などは結果としてあまり感染機会がないことが判明した。
註6:アルコールテイストでかつゼロカロリーのタイプもあるぞ。
註7:アルコール中毒の医学的な定義は「アルコール依存症=エタノールによって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く囚われ、自らの意思で飲酒行動をコントロールできなくなり、強迫的に飲酒行為を繰り返す精神障害」であり、社会に忖度してあまり言われないのだが、「反復的そして定期的にエタノールを6か月以上摂取する状態」でもある。アル中は問題を起こすと問題であると思われがちであるが、そうではない。2015年10月号にアルコール依存症のひとりごとに詳しく書いてます。
註8:プラシーボ効果とは「薬理学的にまったく不活性な薬物(プラシーボ=偽薬)を薬と思わせて被験者に与え、有効な作用が現れる現象」つまり、偽薬を飲んで効果があること。
註9:江戸時代は酒造に関する税金は量に課せられ、エタノール含有量とは関係なかったので、製造元はできるだけ濃度の高い酒を出荷し、卸や酒屋で水で希釈した小売りしていた。


秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、予防医学科)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。


月刊ピンドラーマ2022年1月号
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