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閑静な町 サント・アントニオ・ド・ピニャール 青木遼

#旅行
#月刊ピンドラーマ  2022年1月号 HPはこちら
#青木遼  文・写真

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 昔、ブラジルの雑誌Viagemの表紙を飾っていたのを思い出し、一度は行ってみたいと思っていた。今回その機会に恵まれ、喜び勇み出かける。この町サント・アントニオ・ド・ピニャール(Santo Antônio do Pinhal)は、マンチケイラ山脈沿いの、サンパウロから、179キロに位置する。車で約2時間半で町の中心部に着く。

 わかりやすく言えば、避暑地カンポス・ド・ジョルドン(Campos do Jordão)の30キロ手前の町。標高1143m。両方の町は鉄道でも繋がれている。この町の名前は、1811年に創設された教会サント・アントニオ・デ・パドゥア(Santo Antônio de Pádua)に由来する。

 この聖人は、1195年、ポルトガルのリスボン生まれで、1231年6月13日、イタリアのパドヴァで没した。縁結び、結婚の守護神として崇められている。

 この町は小さな町だが、百軒ほどポーザーダがあるという。観光のピーク時には、町の居住者7000人の倍以上に人口が膨れ上がるとか。私たちが泊まった『ポーザーダ・ド・セードロ』は超おすすめ。少し値段は張るが、コテージになっていて、暖炉やお風呂もついている。寝室は広々として間取りがゆったり。ハンモックの張ってあるテラスの先には、マンチケイラ山脈の山々が連なる。とにかく閑静で、心安らぐ自然が広がっている。今週は雨が降らないと客室係が言うので安心していたら、おや、真夜中3時ごろから降り出した雨の音で目が覚める。木々の緑に雨がたたきつける。しばらく眺めていたら、なんと蛍が飛んでいる。数匹の蛍が雨の中を飛び、錯覚か、夢見ているのか?と唖然とする。光の輪が雨の中、宙に弧を描き、曲線を描く。えならぬ風景である。小一時間雨の中、気持ちが洗われる思いで、見入り眠りにつく。

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◆エコパークから木工所へ

 翌日も一日雨。ヘルシーで豪華な朝食をとり、出発。エコ・パークJardim dos Pinhais に出かける。一周するのに一時間ぐらいで、多くの草木が生い茂り、楽しめる。カナダや日本等の8か所のテーマに分かれた庭園。見晴らし台や、木で作った怪獣、マンモスやワニが沼地に置いてある。所々にある看板には、公園内の植物や鳥の説明が、きれいな絵図とともに描かれている。入口には、広いレストランもあり店舗も入っている。子供から老人まで、ゆったりと歩きながら楽しめる公園だ。次に鉄道の駅に行く。鄙びた駅だ。

 そこから、木工の芸術家のエドアルド・ミゲールさんを訪ねる。木工所には、ブラジルのジャカランダ、イペーをはじめあらゆる木材が天井からぶら下がっており、所狭しと置いてある。お会いしてびっくりしたが、やけに日本びいきである。「文協、文協」と口ずさみ、以前、日本の政府の招待で、日本に行ったことがあるらしい。西林万寿夫前総領事の名前を、覚えている。“工芸展”のパンフレットなども置いてあり、この木工の芸術作品で、賞を取ったこともあるという。その工房を眺めながら、木とはこんなに美しいのかと、改めて見直す。そういえば今泊っているポーザーダもセードロCedro という。翻訳すると“杉”の木。このミゲールさんは、作品を購入してくれた人には、保証書と木工品にサインを入れてくれる。ゆったりとした木の椅子が、悠然と店先に置いてある。その姿、逸品である。

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<エドゥアルド・ミゲルさん>

◆町の中心部の賑わい​

​ その後、町の中心部(Centro)に寄る。ワイン、カシャッサ、リコール、チーズ、松の実、チョコレートなどがエンポーリョ(食料品・雑貨店)に売っている。中央の高台に教会があり、店舗が並ぶ。洒落たこざっぱりした店が多い。この中心部に、サント・アントニオの泉がある。名水が湧き出ており、壁面に両手を広げ、動物の守護聖人といわれるアントニオの姿が描き出されている。この泉の近くのPraça do Artesão という小さな公園には、何故だか赤い鳥居が立っている。その真向いの山手、高台には、Mirante do Cruzeiro がある。名前のとおり大きな十字架が、荘厳な姿で立っている。小さな橋を通りそこに行くと、何だか野外教会に来たように感じる。

 夕食はホテルでとる。ニジマスに木の実のたくさん入ったムニエル。それに黒米と野菜のソテーが付く。とてもおいしい。いつも自宅で食べている黒米より太っていて、豊かな味。料理長の名前を聞くと、イタリア人の50歳の

Marcelo Catal Famoさんの弟子で42歳のノルデスティーノ(北東部出身者)のJoel Candido さんとか。お会いしなかったがなかなか美味しい。ろうそくのたくさん灯った暖炉の近くで食す。雰囲気もバツグン。

 翌日は、雨が上がる。ポウザーダの木々の緑が豊かに蘇り、木の葉は、多くの露を含んでいる。その白露の美しいこと。葉の上で丸まり、その透明の粒は水晶の連りのようだ。

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<サント・アントニオ・デ・パドゥア教会>

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<サント・アントニオの壁画>

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<Mirante do Cruzeiro>

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◆山頂からの絶景​

​ 午前中、車で行きたかったPico Agudo の山頂に行く。入口でこの地域の検問に引っ掛かり、「昨日は雨が多かったので、危険だ、危険だ」という。ところが運転手は慣れたもので、「大丈夫、大丈夫、行けなかったら引き返すさ」と強引に検問を説得し、車を走らす。なんのことはない。10分で山頂に着く。山頂まで.歩いてきた3人家族に聞くと「一時間半、かかったさ」という、十代の子供と一緒で、ゆっくり登って来たのかもしれないが。標高は1634m。山頂は、360度ぐるりとこの山脈の全貌が見渡せる。絶景。やはり来るべきだ。しかしここまで歩くのはちょっとね、といった感じ。広い敷地に野外駐車場といったスペースがたくさんある。やはり車で登る人が多いのだろう。近くを、ハンググライダー、パラグライダーを飛ばしている。パンフレットがある。この山頂からこの飛行物体をゆったり眺め、天空に思いを寄せるのも最大の贅沢かも。この山頂は、そのような時の流れをゆったり楽しめる空間なのだ。このふもとに、シンティアさんの陶芸のアトリエがある。また、反対方向だが、滝 Cachoeira do Lageado や、ビール工場 Cervejaria Artesanal Araukarien や、有名店のレストラン Donna Pinha もある。

 日本人の観光は、多くの名所を見て歩き、細切れのスケジュールを組むことが多いが、ブラジル人は一か所で、例えば浜辺に一日いて、波の音、海の色、空の雲を眺め楽しみ、空気の香りを嗅ぎながら自然と一体になり溶け込むーーーーそんな悠長な余暇の過ごし方である。ブラジルに来てよかったと思ったことは、時の流れの感じ方が違うように思うことだ。混然一体、自然に溶け込み、時間も空間も一緒に飲み込む、そんな余暇の過ごし方である。

 7月には蘭展もある。自然な中にうずもれ、松の実を肴にワイン、ビールを飲むのも最高だ。ゆったりと風呂、湯船につかり、山脈を眺め。身をゆだねる。なんといっても、閑静な自然いっぱいの町なのだ。

 今回もマンチケイラ山脈の、このサント・アントニオ・ド・ピニャールで、数日の休暇を取れたことは、大いに命の洗濯になったような気がする。是非お薦めの場所である。

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青木遼(あおきりょう) 
旅行好き。知らない土地に行き、エトランジェ・異邦人の異空間を楽しむ。滞在歴30年を越える


月刊ピンドラーマ2022年1月号
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