第70回 実録小説『白洲太郎のミッション・インポッシブル 前編』 カメロー万歳 白洲太郎
#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ 2022年1月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文
2021年10月某日。
白洲太郎と彼の妻になる予定のちゃぎのは、田舎町の青空市場で安物アクセサリーを売りまくっていた。この日のフェイラ(市場)は好調で、ひっきりなしに客が現れては売れていく。その勢いはメシを食うヒマもないほどで、太郎もちゃぎのも腹をグーグー鳴らしながら屋台の周りを飛び回っていた。昼過ぎになりようやく客足も落ち着いてきたが、かるく数か月分の家賃は稼いだはずで、まさに充実の商いである。ホクホク顔で昼メシを平らげ、腹を満たしたところで屋台の解体作業に入った。時刻はすでに14時近くになっており、普段なら13時前には閉店するはずの白洲商店にとっては嬉しい残業と相成ったのである。
テキパキと片づけを行うちゃぎのを尻目に、太郎は愛車ウーノを迎えに市場の少し外れた方へと歩いていった。パンデミック全盛の頃は屋台も少なく、車を止める場所もよりどりみどり、フィスカウ(市場の管理人)もコロナ対策に忙しく、駐車に関してはあまりうるさいことを言わなかったのであるが、世の中が平常運転になるにつれ、再び管理されるようになってきたのである。
太郎が駐車した場所は使われていない倉庫の真ん前で、すぐ側ではアイスクリーム屋がイスやテーブルを出して営業をしている。太郎の車が彼らのスペースを圧迫しているわけでもないし、迷惑をかけているという雰囲気は皆無であった。その証拠に先週も同じところに車を置いたが、文句を言われるようなことはなかったのである。
さっそうと愛車に乗り込み、エンジンを始動。ギアをバックにいれ、ルームミラーで後方を確認していると、窓をコツコツと叩く者がいる。何者? とばかりに目を向けると、露天商仲間の怖い顔をしたおっさんであった。俳優のダニー・トレホに似ていることから、密かにダニーと呼んでいたが、その彼がいつになくマジな表情をしているのである。
こりゃ何かあったな。
ただならぬ気配を察した太郎が慌ててサイドガラスを下げると、
「よお、ジャパ。お前の車、駐禁切られちまったみたいだぞ」
と、興奮した様子で一部始終を語りだしたのである。
それによると日中、数名のポリシア(警察)を引き連れたフィスカウのヴィニーが市場内を練り歩き、その威厳と仕事ぶりをアピールしていたが、ふと太郎の車に目を止めると、聞こえよがしにこう叫んだという。
「この車、先週もここに置いてやがったな! ふてえ野郎だ!どこのどいつかは知らねえがもう我慢ならねえ! おい、ポリさん、ちょっとコイツに駐禁切ってやってくんねえか」
と言うや、車のナンバーを撮影し、威風堂々と引き上げていったというのである。
それを聞いた太郎の顔面は蒼白になった。フィスカウのヴィニーとは知らぬ仲ではないし、前に似たようなことがあったときは素直に車を動かした太郎である。今回も一言いってくれればすぐに対応したのに…。と戸惑いを隠せずにいると、
「すまなかったな、お前の車だってことがわかってればすぐに呼びにいったんだが…。知らなかったもんでな」
申し訳なさそうに顔をふせるコワモテのダニーであったが、
「今からでも遅くはねえ。ヴィニーを探して事情を話せよ。ひょっとしたら駐禁をキャンセルにできるかもしれねえぞ」
と、重病患者に希望を抱かせるドクターのような口ぶりで言うので、崩れ落ちそうな精神をどうにか持ちこたえた太郎は、
「ヴィニーのザッピ(WhatsApp )は知ってるか?」
かろうじて訊くと、ダニーはマフィアのような顔をパッと輝かせ、
「よしきた!」
さっそくヴィニーに電話をかけ始めたのである。
ここでつながれば話は早い。ヴィニーとオレは旧知の間柄である。事情を話せばヤツもわかってくれるはずだ。速やかに駐禁をキャンセルしてもらい、今回の件はなかったことにする。できるかできないかじゃなく、やるしかねえんだ。
と、太郎は拳をかたく握りしめた。
が、そんな彼の思いも虚しく、電話はつながらない。ブラジルの『ど』がつく田舎町である。都会のようにどこにでも電波が飛んでいるというわけではなく、何回かけてもなしのつぶてであった。もう14時すぎである。市場内のどこを探してもヴィニーの姿は見当たらず、すでに家に帰ってしまったという説が濃厚であった。
とりあえず彼のWhatsAppをゲットした太郎であったが、メッセージを送ってもいつ読んでもらえるかわからない。その間に『駐禁キャンセル』が間に合わなくなる可能性も十分に考えられるのであり、悠長なことを言っている時間は残されていなかった。
露天商売をやっている割に心配性な性格の太郎である。このままでは駐禁の二文字が脳内を踊り狂い、夜も眠れぬ可能性が高い。憂いはその日のうちに解消する。精神衛生上、それがもっとも健全であることはマチガイないだろう。
であればどうするか?
ヴィニーの家を探しだし、直談判するしかない。
充実の青空市場のあとに、まさかこのような事態が待ち受けているとは誰が想像したであろうか?
まさに『一寸先は闇』の世の中である。
それにしてもヴィニーはどこに住んでいるのだろう?
まずはそれを突き止めることから始めねばならない。
というわけで、『白洲太郎のミッション・インポッシブル』は怒涛の後編へと続くのであった。
つづく
白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu
月刊ピンドラーマ2022年1月号
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