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亀田誠治が目指すベストとは。アーティストとクリエイターのこだわりを同時に叶えるために


プロデューサー、ベーシスト、作詞家、作曲家、編曲家、イベント主催など、様々な立場から音楽に関わる亀田誠治さん。多くのアーティストやクリエイターとのコミュニケーションで大事にしているのは「良かれをシェアすること」だと語る。

多様な人々のそれぞれ違うこだわりをひとつの音楽に結晶させるため、そしてそれをリスナーに届けるため、亀田さんはどのようにサウンドプロデュースを行っているのだろうか。その意識と心がけ、自身が実行委員長を務める「日比谷音楽祭」の音作り、そしてミュージックラバーとして注目しているアーティストについても伺った。

<構成:飯嶋藍子 編集:小沢あや(ピース株式会社)

亀田誠治さんプロフィール>
椎名林檎、平井堅、スピッツ、いきものがかりなど数多くのアーティストを手がける、音楽プロデューサー・ベーシスト。2004年に椎名林檎らと東京事変を結成。2007年と2015年には日本レコード大賞にて編曲賞を受賞。2021年には映画「糸」にて日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。2019年より「日比谷音楽祭」の実行委員長を務める。2022年は6月3日、4日、5日に開催。

作り手たちの話をとにかく聞く「頷きの亀さん」


様々なアーティストと関わり、最終的な楽曲の方向性やアレンジを決める立場にあるプロデューサーの亀田さん。制作時にはインタビューのように山ほど会話をするというが、「頷きの亀さん」と自称するほど、ほぼ聞き役に徹している。

「話を聞いて頷きながら、この人たちはどういうことをやりたがっているのか、相手がバンドだったらどういうパーソナルなパワーバランスがあるのかとか、そういうものを感じ取るんです。

それに加えて、僕にオファーがくる時点で何かの主題歌であったり様々なクライアントが関わっているケースが多いので、その人たちの意見も聞く。

大人たちの話も聞き、子どもたちの話も聞き、その掛け算でお互いが良いと思うところを見つけていくのが僕の仕事です」

会話を繰り返し亀田さんが着手するのが、「亀田デモ」と呼ばれるサウンドデザインの提示。亀田さんがベストだと考える「自分だったらこうするよ」という一例を提案し、さらにコミュニケーションを深めていく。

「音楽を作るうえで、アーティストが納得することが大前提。僕はあくまでも一例を作って、微調整や作り直しのやりとりを何回もするんです。ただ亀田デモを提出するのは『自分の中で、絶対にこれはいいものができた』と感じ、なおかつアーティストが加わる余白のある状態まで到達して初めてみんなに聴いてもらいます。

というのも、自分のなかで『まあまあかな』って感じだと、120%撃沈するんですよ。僕のなかに一点の淀みでもあると、相手のなかでそれが100倍ぐらいに広がってしまう。それを経験的にわかっているので、デモとはいえ、イントロのフレーズや大サビの位置みたいなことは絶対にわかるような、大事な要素がいっぱい入った楽曲になっています」

「僕が弾くベースの音は20年前から変わらない。きっとこれからも」


まずは作り手が納得し、そのうえでたくさんの人が受け止められるものを作る。とにかくいろんな人の話を聞きとり、自分の中での揺るがないベストを出すという亀田さん。その曲、その音楽が、より良くなるためのベストを尽くすという思いは、プレイヤーの立場になっても変わらない。

「自分のアレンジでベースを弾く時も、東京事変やBank Bandのような自分が参加しているバンドでベースを弾く時も、ドラマーやスタジオによっても状況は違うけれど、常に同じ思いでベースを弾いています。『亀田さんはいつもこだわってベースの音を作ってる』ってみなさん思われているようですが、僕の弾くベースの音は20年前から変わっていないし、きっとこれからもそうですよ。

常に自分は『亀田誠治が弾くベース』を弾いていて、自分の音は最高だと思って信じて演奏しています。それを曲によって、どういうふうに録音したらいいか、エンジニアの人と相談しながら組み立てていく。結局のところ、僕のベース単体を取り出して聴く人って世の中にはいません。ドラムのキックやギターの低い倍音と助け合って『曲として最終的にどうなるか』をイメージしながら、どこまでいってもちゃんと聴こえて、その曲に貢献する音色、フレーズを弾き、グルーヴを出す。そう心がけています」

経験で培ってきた、「今役に立つこと」を常に提供する人間でありたい


どんな立場でも、どんな人と関わっていても、音楽に向き合ううえで通底しているのは「自分の耳を信じること」。自分の耳を信じられる理由は、これまでに身体に刻まれてきた多くの音楽体験にある。

「たとえば『あれ?』と少しでも感じたら、納得するまで微調整していきます。自分で聴いていいなと思えれば、他のアーティストが『これはイマイチだな』と言っても、『いや、これめちゃめちゃいいよ!』と制作を進めます。

本当に難しい基準なんですけど、この感覚を支えてくれているのが、僕が10代の頃に聴いていたヒットチャートを賑わせていた音楽。そして今まで出会った素晴らしいアーティストやミュージシャンと一緒に奏でてきた音、毎日スタジオで大きなスピーカーで聴けるいい音……本当にいろんなものの集合体が、理想形として僕の中にあるんです。とにかく今、この音楽に必要だと思ったものを、自分の身体に染み込んでいるものの中から出しています。

だからプロデュースする時も演奏者として参加する時も、やっていることはとてもシンプルです。『どうすればベストになるか?』だけを考えて、正直に全部の自分を出していく。僕はいつもそれを『全亀田を投入する』って言うんです。今までの人生経験のなかで培ってきた、今役に立つ情報すべてを、常に提供する人間でありたいんです」

必要なのは愚痴やディスではなく「良かれのシェア」

そんな思いから亀田さんが大切にしているのは「良かれ」をシェアするということ。

「良かったものをシェアするって、めちゃくちゃ大事。愚痴やディスがシェアされても何も広がらないし、まったく意味がないんですよ。良かったものをみんなでシェアすると、それによってポジティブな空気が拡散され、勇気になり、希望になり、さらに良かったものが広がっていくのでいいことづくめ。

だから、みなさん本当に『良かれ』をシェアしてください。僕は『良かれ』をシェアすることだけに人生の全てを使っていこうと思っています」

そのマインドは、自身が実行委員長を務める「日比谷音楽祭」の音作りにも活かされているそうだ。

「『日比谷音楽祭』は、僕らの楽曲や僕らの演奏を理解したPAのトップチームが、プロのハートとスキルを使って音作りをしてくれています。だから演奏もしやすいし、現地で聴いても配信で聴いても、最高の音になっていると確信しています。

僕は良いものに触れると、必ず自分の現場で報告するようにしているんです。野外ライブの音作りでいうと、2017年にロサンゼルスのローズ・ボウル・スタジアムで観たU2のツアーや、2019年にウェンブリースタジアムで観たColdplayのコンサートが最高だったんですよ。カリフォルニアの青い空のもと、U2のメンバーそれぞれの音が本当にシャキッと聴こえて、何万人ものオーディエンスが全員歌っている。Coldplayも、とにかく天に向かって音が飛んでいっていて。『日比谷音楽祭』のPAさんにも『ロスでU2観てきたら、超いい音だった! スタジアム全員が大合唱になっていたし、あんな場を作りたい!』と語り合いました」

サウンドがおもしろい楽曲をピックアップ


この記事においても亀田さんに「良かれ」をシェアしてもらいたいと思う。「いっぱいあるんだけど……」と前置きしながら、亀田さんが最近サウンドがおもしろいと感じたアーティストをピックアップしてもらった。

「まず、King Gnuは大好きです。音楽における“混ぜるな危険”が、ちゃんと混ざっているサウンド。つまり、今までに共存するのが難しかったような楽器やフレーズがうまーく混ざっていて、そのうえにボーカルが伸びやかに歌っていてさすがだと感じます。King Gnuがリスナーに受け入れられている感じは、僕としてはとても嬉しいです。

あとは藤井風さん。Yaffleさんのトラックもとても好きですし、めちゃめちゃナチュラルな姿勢が伝わってくる。仮想敵みたいなものを感じないし、誰をも排除しない、すごい懐の広さを感じます。サウンドから『この人、本当に風なんだなあ』と思うんです」

そして、「どんな環境で聴いても絶対いい音だと思えて完璧」とまで断言するのが、BTSの「Dynamite」。

「どんな環境で聴こうが完璧。最後の転調した先でも、なんの音像の歪みもないです。K-POPは限りなくアメリカ指向に近い、DTMを基盤にしたグローバルな音作りになってきていますよね。また、韓国語自体の音にもアタックがあって、ビートを出しやすいのが素敵だなと感じています。

日本人はまだワビサビや生楽器への未練みたいなものがあると思うんです。でも、K-POPはもうそこに立ち止まっていない」

J-POPは生好み? 今後の音楽はどう変化するか


DTM(デスクトップ・ミュージック)隆盛期であるとはいえ、「J-POPはそれでも生好みだと思う」と語る亀田さん。楽曲に起承転結や喜怒哀楽が求められ、情緒的に作られていることを感じているという。

「平歌とサビの区別がしっかりしていたり、別メロが出てきたり、最後にはストリングスが入っていたり……まだPCの外の部分での、最後の一筆みたいなものを望んで仕上げられている感じがします。

今の時代の音楽って、人と人とを繋いだり、心を優しく包んでくれたりすることが強く求められている気がするんです。今後、だんだん人との接触が許されるようになっていった時に、もっともっと自由奔放なエネルギーが発信されると考えています。

14世紀にペストが流行したあとにルネッサンスがきて、様々なアートや科学が進化したように、2023、2024年くらいには、世界中でテクノロジーが進化して、また同じことが起こる気がしています。その時に出てくる作品やアーティストたちが、21世紀を代表するアーティストになるんじゃないかな」

アーティストとクリエイターの「良かれ主義」がリスナーにも届く


そんな未来を描きながらも、音楽を作るうえで変わらず大切なのは「作り手が納得する」ということ。アーティストとクリエイターのやりたいことや方向性が違っていたとしても、それを互いがしっかり出し合ったうえで、楽曲のエンジンがかかっていくことが重要だという。

「アーティストとクリエイターという両翼がまとまっていない限り、その作品は滑走路に立てないと思っています。両翼がちゃんと揃った時点で、プロデューサーがその飛行機を飛ばせてあげる。ビジョンから逆算したり、コンセプトに縛られるとかえってややこしくなってしまう。アーティストとクリエイターが本気の『良かれ主義』で作ったものは、必ずリスナーにもパワフルに届くんです。

もっと言うと、いい音で録られている音楽は、どんな再生装置で再生してもいい音なんです。魂が入っている音楽は、どんな環境で聴いても、溢れんばかりの勢いで届いてくる。それをちゃんと再生してくれるのが、僕にとってのいいオーディオ装置、いいイヤホンなんです」


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