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亀田誠治は今どんな音楽を聴いている?17時間超のオリジナルプレイリストから音作りの鍵を探る(前編)

「いい音」とは、いったいどんな音だろう? 

2020年以降、世界のライフスタイルが一気に変化し、音楽体験もまた、新たなかたちが模索され続けてきた。平常時に戻りつつあるとはいえ、まだリアルイベントへは行きづらいリスナーもいるなかで、作り手たちはどのように音に向かい合っているのだろうか。

多くのアーティストが信頼を寄せる音楽プロデューサー、そして東京事変やBank Bandのベーシストとしても活動している亀田誠治さんは、制約がある中での音楽制作も、とてもポジティブに捉えていると語る。

彼の血肉になってきた音楽が詰まっているという17時間超のプレイリストをシェアしてもらいながら、作り手としての意識やオーディオ環境、また、自身が実行委員長を務める主催する「日比谷音楽祭」の音響のこだわりを聞いた。
<構成:飯嶋藍子 編集:小沢あや(ピース株式会社)

亀田誠治さんプロフィール>
椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAYなど数多くのアーティストを手がける、音楽プロデューサー・ベーシスト。2004年に椎名林檎らと東京事変を結成。2007年と2015年には日本レコード大賞にて編曲賞を受賞。2021年には映画「糸」にて日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。2019年より「日比谷音楽祭」の実行委員長を務める。2022年は6月3日、4日、5日に開催。

作り手が込めた魂を自然に再生してくれるのが、いいオーディオ装置


亀田さんが初めて「いい音」を感じたのは、小学生の時に聴いたビートルズの『赤盤』『青盤』。お小遣いで初めて買ったそのレコードに針を落とした瞬間に「なんていい音だろう!」と衝撃を受け、聴き入ったそうだ。現在はスタジオのスピーカーのほか、イヤホンやヘッドホンを何種類も持っているというが、そのオーディオ機器が「いかに自然な音を再生してくれるか」を最重要視しているという。

「イヤホンやオーディオによってエネルギーや迫力が足されてしまうよりも、アーティストやクリエイターがスタジオで注ぎ込んだエネルギーをそのまま感じたい。現場で作った音に限りなく近い状態で聴きたい気持ちが強いんです。僕自身、ラジオを聴いて音楽を好きになったので、音質よりも音楽。ビートルズの出会いもそうでした。『とにかくそこにいい音楽があればそれでいい』というところから始まっているんですよ」

プライベートで聴いている17時間超のプレイリスト


多数持っているイヤホンの中でも、普段愛用しているのはピヤホンとAirPods Proだという亀田さん。「TPOの、とくにP(Place)で使いわけているんです」と語る。

「ピヤホンは低域の充実度が高く、ドラムとベースの感じがくっきり聴こえます。それでいて、高域がすごく澄み切っている感じ。ちょうどよく外の音を遮断する密閉感もあるので、キッチンやベッドルームなどのプライベート空間や、ひとり時間のお楽しみ用に使うことが多いです。

AirPods Proは、どの音も補強されずにナチュラルに聴けるので、仕事の時によく使っています。フラットな状態で聴いた時に、自分がいい音楽だと感じられるということが僕にとっては大事ですから。僕はオーディオの音質設定も、低域も高域も全然補正していない。本当に普通でまっすぐなんです」

亀田さんがひとり時間に一番よく聴いているのが、自作のプレイリスト。10代時に魅了されたという1970〜80年代のヒットソング計279曲をまとめた、17時間超にわたるプレイリストだ。さぞマニアックなラインナップかと思いきや、ダイアナ・ロスやエルトンジョン、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、ジャクソン5、ラモーンズなど、多くの人が耳にしたことのあるであろう楽曲が並ぶ。

「亀田誠治にオタク性はまったくないんです(笑)。このプレイリストに入っているのも、その時代の中で、みんなに聴かれていた音楽ばかり。最近はずーっとこれを聴いていますし、結局僕の原点はここなんです。よく『プロデューサーとして売れるということをどう考えていますか?』と聞かれるのですが、まったく考えていないんですよ。ただひとつ言えるのは、小さい頃から触れている音楽、つまり洋楽のヒットチャートが、僕の細胞の隅々にまで入っているということ。

仕事では、それを直感的、本能的に引き出しているだけなんです。J-POPで好きな曲も主に常にヒットチャートを賑わせている曲たちです。『いやいや、亀ちゃん、あんなにマニアックな音楽好きじゃん!』って言われることもありますが、ヒットチャートを入り口にして、そこから掘り下げていっているだけなんです」

変容した制作スタイルと、DTMが広げる想像力と可能性

時代のマスターピースに触れ続けるというスタイルは不変ながら、最近は従来のスタジオでの対面の制作の機会が圧倒的に少なくなったという。「半分以上はオンライン上でデータを交換してレコーディングをしています」と続けながら、亀田さんはシーン全体の変化をこう見つめる。

「みんながDTM(デスクトップ・ミュージック)で音楽を作ることにどんどん特化していくことによって、ジャンル関係なく、生演奏ではなくPCのなかで作られる音楽がシーンの主流になってきていますよね。それによって、様々なアーティストの才能が引き出されています。どんどん新しい音楽が出てきて、すごくいい循環が生まれているような気がするんです。自分で自分の音楽基地を持たざるを得ないという状況になったし、ソフトやPC自体も進化して、DTMで作る音楽のクオリティが全体的に上がったと感じています」

もともとは、音楽はみんなで顔を合わせて、音と音で会話をしながら、その場所で作っていくものだと考えていた亀田さん。しかし、現在のこの状況をとてもポジティブに捉えている。DTMソフトについても「便利という次元ではなく、もはや僕らの音楽の一部、楽器の一部」と語る。

「オンラインでのデータ交換で音楽を作ることによって、ミュージシャン一人ひとりが、時間をかけてじっくり音楽に対峙できるようになったと思うんです。対面でないからこそ、コミュニケーションも限られて、現場で直接会話するよりも、逆に想像力の幅が広がった。

僕自身は生ならではの揺らぎや間を大切にしているし、それは今でも変わらないんです。でも、結局、自分の手打ちのグルーヴ感や数値をコントロールすることで、DTMでもグルーブ感のある音も作れるんですよね。

一方、DTMから生まれる打ち込みのタイトなトラックでは、逆にそこに乗るボーカルの人間味がものすごく活きてくる。本当になんでもありなんですよ」

DTMで気をつけなければならない“似ている風味”


生楽器と遜色のないレベルの音や揺らぎを生み出せるようになり、音楽への自由さをまたひとつ感じている亀田さんだが、DTMで楽曲を制作するにあたって、気をつけなければならないポイントがあるという。

「デフォルトやプリセットで入っている音がめちゃくちゃかっこいいから、みんなそれを使いがちなんですよね。Spotifyの『Global Top 50』などを聴くとわかりますが、世界中で同じような音が鳴っている感じがするんです。

ソフトに入っている気持ちのいい音を組み合わせることでサウンドを構築していくのですが、みんなが気持ちいいと思う音って似ているから、結局みんなが同じような音を選んでしまう。だから、世の中に出回っている音楽が“似ている風味”になってしまうんですよね。

もちろんさまざまなアイデアやアプローチがあるから画一的なわけではないんだけど、どの曲にも“似ている風味”がある。それが2020年代前半の音楽なんじゃないかと思います」

作り手として、心からいいと信じられるものしか世に出さない


リモートでの制作を経て、音楽を生み出す方法が限りなくあることを実感した亀田さんは、それを「底なしの沼」と例える。人と会えなくなったり、オンラインでのコミュニケーションに難しさを感じたりもしたが、だからこそ出会えた、新たな沼の深みにはまることを楽しんでいるそうだ。そのうえで亀田さんが音楽を生み出す際に大切にしているのは「自分のなかで噛み砕いたものをどれだけ集中して出していけるか」だという。

「さきほども言った通り、僕にオタク性はない。けれど、何千曲、何万曲という名曲のアーカイブが自分の中に入っているんです。付け焼き刃で何かを目指すと、結局それを超えられなくなってしまうので、長年噛み砕いて自分の血肉になっているものを、その時の自分のフィルターを通して出すようにしています。

だから、僕は楽曲を作るとき、『こんなイメージで』などの参照はしません。逆に楽曲が完成した後、何かに似ていないか? と、調べることがあるくらいです。そのうえで、自分がいいと思うものしか作らない、世に出さない。そのフィーリングの基盤として、僕の身体に染み込んだアーカイブがあるんです。

そして、大前提として、一緒に作るアーティストやクリエイターが納得していること、彼らがちゃんといいと思えるものしか出さないことを、最も大切にしています。そのこだわりの基準は、単純に好き嫌いから始まることもあるし、音質や音程、リズムなど、様々な要素を照らし合わせて、自分が心からいいと信じられるかどうか。これは作品を作る時もそうだし、ライブやイベントを主催する時も同じです」


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