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陶磁美術館に、ようこそ。

こちらの写真は、当館の陶芸館向かい側にある『復元古窯』での古窯焼成実験の様子です。実際に薪を使用しての焼成実験を毎年秋に行っていました。現代では大気汚染や二酸化炭素の問題などによって、特に都市部での陶磁器焼成は電気窯もしくはガス窯が主流となってきています。当館の陶芸体験施設でもガス窯と電気窯を使用していますが、陶磁器の歴史の中で特に釉薬などの開発の歴史を知るためには、実際に当時と同じような条件で薪を使用しての実験は欠かせないモノといえます。当時と同じように、薪を人の手によって夜通し投げ入れながら、炎の変化や温度の分布などにセンサーを使用してデータをとる。当時の職人達が経験によって蓄積された【勘】によって窯の中の温度などを推測して、火加減などの調整を行ってきたのを、センサーなどの技術の力を借りて再現を試みる。
愛知県陶磁美術館では、このような研究及び、様々な展覧会を長年開催してきました。愛知県瀬戸市の小高い敷地には、広い敷地を生かして地下一階から二階まで合計8つの展示室を持つ本館、地場産業でもある陶磁器を気軽に体験してもらえる陶芸館、開放的な芝生の広場を挟んで愛知県をテーマにした展示を行う南館が点在しています。そして、ここに美術館を造った理由の一つである、平安時代に使われていた古い窯跡が駐車場の横に、建物で保全されていつでも見学できるように整備されています。現在は使用していませんが、敷地内には茶室もあり、抹茶と生菓子を現代の著名な陶芸家の茶碗で楽しむことも出来、陶磁器の歴史を知るだけでなく、体験することも出来る施設となっています。

本館一階<ロビー>
敷地内で最も大きな建物である本館は谷口吉郎設計の建物です。正面入り口を入ってすぐに目に入るのは、【オークラランタン】の下がった高く開放的な天井のロビーと、そこに真っ白なステージでずらっと並んでいる陶製狛犬たち。当館設立の立役者でもある本田鎮雄氏のコレクションですが、古い物は安土桃山時代から江戸時代など。無数に鎮座している狛犬達はどれも皆表情豊かで一つとして同じ物のない、個性的な造形をしています。ぜひとも『一推し』の狛犬を探してみてください。

本館一階<第一展示室><第二展示室>
ロビー正面からが第一展示室。こちらは現在特別展『伝統工芸のチカラ』展の開催中です。重要無形文化財保持者の作品から現代の陶芸作家へと繋がる道筋を俯瞰するような素晴らしい展覧会です。(内容につきましては前回の記事で解説しておりますので割愛いたします。)

本館地下一階<第七展示室>
こちらは大きな吹き抜けの空間を持つ地下の展示室で、谷口建築に特徴的な階段を降りていきながら展示室の壁面に展示された巨大な陶壁の『加藤清之氏』の作品を間近に眺めることが出来ます。通常は近代から現代に掛けての陶芸作品の展示を行っておりますが、現在はこちらの展示室も特別展『伝統工芸のチカラ』展会場として使用されています。

本館二階<第三展示室><第四展示室>
本館二階は当館の収蔵品を観ることの出来る常設展示室です。収蔵点数八千点を越える中から学芸員さんの厳選した作品がずらりと並んでいるのは、圧巻と言って良いでしょう。第三展示室正面にはまず、縄文土器がお出迎えしています。こちらはよく『レプリカでしょ』と聞かれることが多いのですが、当館の展示室内には縄文土器だけでなく、弥生土器、須恵器などの一つとしてレプリカの展示はありません。特に入り口の縄文土器は、展示のために欠損部分の補修はありますがオリジナルです。
その先へ進むと、まずは国内の陶磁器を縄文時代から選りすぐりで並べている銘品コーナーと、向かい合わせて海外の逸品をずらりと展示してあります。その他にもオープン展示で常滑焼、備前焼、信楽焼の大きな壺を見比べられるように展示してあり、入り口の一部屋だけで、陶磁器の歴史やその技法のバラエティーを知ることが出来ます。(時間の余裕のない方はこちらのコーナーだけでギブアップされることも多いほど)それぞれの作品に、それをピックアップした学芸員さんの詳しい解説付なので、じっくりと作品とその背景などを知ることが出来ます。
その先には時代に沿って古い物から日本国内の陶磁器の変遷や、当館設立のきっかけとなった猿投窯からの発掘品などが所狭しと並んで、平安時代のこの地域でいかに作陶技術が発展をとげたのかがわかるようになっています。
その先にはいわゆる『六古窯』のそれぞれの器形ごとの比較が出来る展示が並んでいます。同じような壺でも、それぞれの産地ごとの特色がよくわかるようになっています。壁面ケースのほかに並んだ木製の平ケースの中には、国内各地の窯跡から発掘された陶片が、産地ごとに並べられていたりして、技術の変遷なども観られるようになっています。こうした陶片の展示というのは、鑑賞のポイントがわからないと単なる『ガラクタ』に見えてしまいがちですが、割れて断面がみえているからこそ表面からだけではわからない釉薬の重なり方や、胎土の粒子や構成鉱物(すみませんマニアックで)などを知ることが出来るのです。
先へ進んでいくと時代は安土桃山の織部や、志野などの武士の茶道具の展示へ。こちらに展示されている物も、いわゆる基準にされて解説書などに掲載されているような銘品がずらり。さらっとさりげなく並べられていて思わずスルーしてしまいそうになりますが、仁清と乾山の抹茶茶碗が並んで展示されていたりするので、見落とさないようにしてくださいね。
茶道具をテーマにした展示のコーナーも、抹茶の茶道で使用する水指や茶入、茶碗と、煎茶道で使用する道具類の展示が比較できるように並べてあったりして興味深い構成になっています。
その一角に現在設置されているのが、大きなテレビ画面とその横に並んだ真っ白な茶碗のコーナーです。こちらはじつは同じシステムが全国では後2件しかないもので、最新の技術を駆使したハンズオンレプリカという体験システムです。東京国立博物館や、九州国立博物館等が所蔵している有名な抹茶茶碗を3Dスキャンしたデータをもとにした8Kの画像と、スキャンデータを元に削り出して重さ大きさ手触りまでを細密に再現した(釉薬のえくぼや、石はぜまで再現してあります)人工大理石製のレプリカを、センサーを読み取ることで画面と接続して360度どの角度からでも観ることが出来るようにした、画期的なシステムなのです。しかも茶碗のチョイスがまた凄い。志野『振袖』や、黒楽『長次郎』、『油滴天目』に『有楽井戸』『馬蝗泮』ですよ。有楽井戸は現在京都文化博物館【織田有楽】展で実物が展示中ですし、馬蝗泮は去年京都国立博物館【茶の湯】展での展示が記憶にありますね。どちらも障り放題ですよ。レプリカなら。
その先のさらに続く展示室には、江戸時代の各地の焼物から瀬戸の焼物、明治の帝室技芸員の作品へと続いていきます。こちらでも初代宮川香山や清水六兵衛などがしれっと並んでいますのでお見逃しのないように。
その先へさらに進むと次の展示室には日本と非常に関連性の高い朝鮮半島の陶磁器の展示が時代を追って並んでいます。こちらも、非常に高いクオリティの作品が並んでいます。あまりにも良い物がそろっているのでこちらのコーナーの作品は他館貸し出しのためちょくちょく入れ替わっているくらいです。

本館二階<第五展示室><第六展示室>
さて、日本国内、朝鮮半島ときたら次に来るのは当然日本の陶磁器に多大な影響を与えた中国陶磁です。こちらの展示も入り口から時代の古い順に並んでいます。入り口すぐに展示されている黒陶や、彩陶は地味に見えますがかなり珍しい物だそうです。その他にも以前『キュレーターバトル』で取り上げられた、<蝉の串焼き>などのいわゆる墓に供えるために造られた“冥器”や、唐三彩の馬や武官。原始青磁や天目茶碗、色鮮やかな闘彩と呼ばれる上絵付けの磁器などが並んでいます。
その奥の部屋、第六展示室にあるのは中近東の土器から、ラスター彩のきらめく器の数々。ギリシャの古代ガラスの瓶やビーズも展示されています。
その向こうにはウエッジウッドやロイヤルコペンハーゲンなどのヨーロッパ陶磁の並んだコーナーが。
さらに変わった物ではアフリカの陶器も展示ケースの中にあったりします。
続いて中南米ペルーの土器で独特のデザインを眺めたら、インダス文明のコブウシ君へ。さらに東南アジアはベトナムの染め付けやタイの古陶磁器まで楽しめます。

これだけの幅広い作品を一度に観ることが出来るのは当館だけではないでしょうか。文字通り陶磁器をテーマにしての時空を飛び越えて世界中を巡る旅。たかが器、されど器。人類の工夫と英知の結晶と言っても過言ではないでしょう。これだけのボリュームの展示でも、収蔵品総数から考えるとほんの一部ですからね。長々とマニアックな解説を致しましたが、是非とも実物を見ながら堪能していただきたいものですね。

改装閉館まであと少し。愛知県陶磁美術館は長いお休みに入ります。

皆様のご来館を、お待ちしております。お弁当水筒、忘れずにね。


最後までお読みいただき、誠に有り難うございました。

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