見出し画像

ホットケーキの生殺与奪の権を私に握らせるな

光陰矢の如し、って言うけど、いま生まれる格言だったらもっと別のものに例えられてるでしょ。矢どころの騒ぎじゃないじゃん。新幹線とかリニアとかコンコルドとかじゃん。なんなら光の速度じゃん。

気が付いたら、あと二か月ほどで27歳になろうとしている。正直恐ろしすぎて考えるたびに逃げ出したくなる。高校のとき、ヒゲ面でネクタイがド派手な活舌悪めな理科の先生が「俺ぇ、50になる前に死のうと思ってたのになァ」とかいっていたのを思い出す。いまならその気持ちがわかる。いや、私は50歳になる前に死にたいとは思わないが、ただ50歳になったら「そう思ってたのになァ」とぼやくことは100パーセントある。この世に絶対はないというが、絶対ある。私が50歳になる前に死なない限りは100パーセントぼやいている。(つまり絶対などこの世にはない)

もうすぐ27歳になろうとしているが、いまだにホットケーキがうまく焼けない。スコーンもほとんど完璧に焼けるし、ドーナツだってほぼ100パーセント失敗はしない。(絶対失敗しないわけではない。この世に絶対はない)しかしそんなお菓子作りはそこそこ出来ますよ、と胸を張れる私は、袋の裏に書いてあるなんてことない手順で作るホットケーキがうまく焼けない。ちゃんと膨らむし、ちゃんと中まで焼ける。もちろん、各メーカーがちゃんと粉を作っているんだから味だっておいしい。なんなら最近は、ゴムベラでさっくりざっくり混ぜた方が分厚く焼けることだって気が付いた。なのに。

私が求めているホットケーキは、パッケージに載っているあのホットケーキだ。きれいなキツネ色(と称されるけど、キツネよかもうちょい濃いんじゃなかろうか)の、あの、なんだか無性に柔らかそうなホットケーキが焼きたい。なのに、なぜか私から生れ落ちるホットケーキは、固い。表面が固い。色も濃い。焦げるまでは言ってないから、まずくないんだけど、どうにも表面がサク、という。言わんでよろしい。

考えるまでもなく、それはフライパンの温度の問題なのだ。カリカリしてて、想像以上に焼き目が付く、ということは。それすなわちフライパンの温度が高いだけなのだ。火が強ければ料理は焦げる。当たり前。なので私は、よく見る「温めたフライパンを濡れ付近で冷ます」という方法も取り入れてみた。結果は無念の敗北である。やっぱりカリカリするんだよな。

とどのつまり、私の忍耐力の問題である。
前に焼いたときに焦げ目がつきすぎたなら、それよりも小さい火で焼けばいい。なのになぜ、私は同じ過ちを繰り返すのか?それは、私が自らの食欲に負けているからに他ならない。ホットケーキを焼くとき、それすなわちホットケーキが食べたいとき。もうフライパンの前に立つ私の脳内には、たっぷりのバターとたっぷりのメープルシロップ(ケーキシロップじゃなくてホントのメープルシロップ)でおめかししたホットケーキが脳内に浮かんでいるのだ。口もなんならフライングしている。が、その焦る気持ちは火加減をつい強めてしまう。「なんか、もうちょい強くていい気がするわ」と、毎度やっている。そして出来上がるホットケーキは、想像の中のものと少し違ってしまうのだ。すべては私の、その忍耐のなさが生むのだ。

ゆっくり時間をかければ、焼ける。
それだけのことができない私は、まだまだ修行が足りない。

ゆっくりやればできること、は、世の中にあふれている。勉強とか、部屋をきれいに保つとか、そういうのって全部、「ゆっくりやればできること」な気がする。ゆっくりってか、じっくり?成果を焦らない、という方が正しいかも。しかしお察しのとおりだが、私はそれが苦手だ。勉強も、部屋の片付けも苦手。コツコツ何かをやりましょうね、が、壊滅的にできない。でもこれはもちろん、ただの性格だから、自己研鑽のほか解決策はない。びっくりですよね、こんなに難しいのに。これってトリビアになりませんか?

そういう、「結果を焦らないでとにかく待ってみる」っていう、初歩の初歩がホットケーキなんじゃないか。スコーンとかクッキーは、オーブンにぶっこんだらそれで終いだ。もう後は、オーブンにお任せ。ドラマで言うところの、緊急治療室に送られた人を待つだけの身に近い。しかしホットケーキは違う。目の前にある。私はまだ、なにかができる。その状況で、するのか、しないのか。焦るのか、焦らないのか。その判断一つが、結果を左右する。キツネ色のホットケーキの生殺与奪の権は、まさにキッチンに立つ私に握られているのである。私はまだまだ甘ちゃんだから、そんな権利はこの身に重すぎる。何の話をしてるんだろう。ホットケーキの話です。

来週の朝、私はまたホットケーキを焼く。
焦がすのか、焦がさないのかはわからない。けど、来週はできる気がする。
キツネ色のホットケーキを焼けた日は、なんだかいい日になる気がする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?