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『ゴドーを待ちながら』を読んだ

2021/10/4、電車の中にて読了。

先日『ドライブ・マイ・カー』という映画を観に出かけた。村上春樹の『女のいない男たち』という短篇集所収の、同名の短篇を基にした映画である。ぼくはこのアカウントを開設する前にそれを読んだことがあり、映画化するならぜひ観なくてはと思っていたのだ。まだ公開中の映画なので詳しく言及することは避けるが、原作の空気はそのままに、上手く背景を膨らませてあって感心した。とまあ本題はここからで、この映画の劇中劇として『ゴドーを待ちながら』がちらりと登場するのである。

どうもぼくの心酔するクリエイターは、どこかしらでベケットを取り上げがちだ。ぼくはラーメンズのコントをこよなく愛する者のひとりだけれども、小林賢太郎は本作をもじった『後藤を待ちながら』というコントを書いている。初めて題名を見た時は思わず笑ってしまった記憶があるが、そういえばあの時から、いつか原作を読んでみなくてはと思っていたような気もする。

本作は、ベケットの第二言語であるフランス語によって執筆された後、ベケット自身の手によって英語で翻訳された。このような経緯を鑑みたのであろう、日本語の訳ではフランス語版の“En Attendant Godot”を底本としている。

非常に多義的かつ示唆的なテクストであるため、単純に文字を追うだけでは意味を解すことは難しい。そこで非常に参考になるのが、読解する上で任意のある解釈の可能性を示す注の存在だ。かなり丁寧に、フランス語と英語の表現の差異や、テクストから想起される他の文学の一節、メタ的・性的な言葉遊び等が紹介してある。

主だった場面転換は存在しない。反復されるシーンの中で、読者は一種の陶酔感を覚える。来るかどうかわからぬゴドーの到来に期待しながら、大枠は同じだが少しだけ違う毎日を繰り返す。まるで人生のようだ。

All the world’s a stage,
And all the men and women merely players.
「この世は舞台、ひとは単に役者にすぎぬ」とシェイクスピアは言った。


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