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ショートショート「お母さん食堂」

203X年。
全国にチェーン展開している飲食店で右肩上がりの業績を見せている店舗がある。


「お母さん食堂」


それは、自分のおふくろの味が全国どこにいても、いつでも食べられる店というコンセプトの店だ。


客から送信した母が作る料理のレシピ、材料や調味料の分量を厳密に計量した情報をサーバに送信、保存。

注文が入ると、そこから調理場がオートメーション化した全国の「お母さん食堂」へ送信され、データ通りに調理された「おふくろの味」が各店舗で食べられる。という仕組みだ。

客は、各料理のQRコードを、店舗のテーブルにある端末に読み込ませ注文。注文があると、売上の一部をレシピを提供した「お母さん」へ配当する。

価格は割高だが、客は実家とは遠く離れた場所にいながら馴染みの味を楽しめ、お母さんはお小遣いも稼げる。というのが好評の所以だ。

なかなか盛況で、「お母さん」への配当目当てに、注文数を増やそうと、自分の料理とQRコードを紹介するサイトまで立ち上がったほどだ。

最近では、昼のワイドショーにも取り上げられたが「家庭料理は、微妙な調味料の入れ違いがあって、同じ料理でも変化が生まれるからこそいいんだ。」と、批判する声もあった。


        ◇◆


俺は、子供の頃から料理が好きだった。
子供なので料理は出来ないが、母の傍らで料理する工程を見ながら、その日に学校で起きた出来事などを話して過ごす時間が好きだった。
おかげで、母が作る料理のレシピはすべて脳に焼きついていた。


俺が小学6年生の頃に妹が生まれた。
子育てに忙しい母に代わって、「台所デビュー」をした。部活が終わって家に帰った後のこの時間が何よりも好きで、自分の料理を作るというよりも、母の料理に近づこうと頑張っていたのを、今でも思い出す。


やがて俺は高校に行き、大学進学の学費を工面する為パートに出た母に代わって、妹に食べさせる夕飯を作る日々を送っていた。


そんなある日。

推薦で大学が決まったと、母に真っ先に知らせようと帰宅したが、いつもより少し早くパートへ出掛けた母と擦れ違いになった。
不運にも暴走運転をするトラックの被害者となり、母は死んだ。


        ◇◆

あれから十数年が経ち、今は俺も妹も社会人となり、別々の場所ではあるが元気に生活している。


先日、妹から電話があった。

「お兄ちゃん、今日、会社の人達と、
お母さん食堂に行ったんだ。」

「おう。」

「お母さんのレンコンのきんぴら、ピーマンとナスの豚バラ中華炒め、みんな美味しいって言ってたよ。」

「そっか。」

「なんかさ、会社の人をみんな家に呼んで、お母さんと一緒に皆でご飯食べてるみたいだったから、嬉しかった。」

「よかったな。」

「お兄ちゃん、ありがとね。」

「なにがだよ。」

「お兄ちゃんが、この「お母さん食堂」を作ってくれなかったら、ずっとお母さんの料理を食べられなかったから。ありがとう。」


(fin)