Au pair ワーホリ カナダ生活80日目 「わたしはどんどん子どもになる」
ホストファザーのおじいちゃんの家で感じたこと
先日、ホストファザーのおじいちゃんの家に大きなプールがあるということで遊びに行ってきた。家の後ろには大きな青緑の湖があり、夏になったら気持ちよさそうだなと訪れるたびに思っていた。豊かな水があるということは、その分、虫も大量にいるのだけれど。
私は、あんなにたくさんのハエが自分のタオルに群がるのを見たことがない。
私はどちらかと言えば都会っ子だ。自然に囲まれるより、コンクリートに囲まれて生きてきた。それでも子どものときは、それなりに虫と戯れてきている。
そんな私も、今では虫が大嫌いだし、子どものときには蝉を捕まえて遊んでいたのに、大人になるにつれて触れなくなった。
でも、31歳になった私はここでたくさんの自然に囲まれて生きている。つまり、虫に囲まれて生きているのだ。
そこかしこに鹿の大きな糞があり、それを食べにきたハエがたくさん飛び回る。青々としげる緑を好む毛虫があらゆる場所を這い回り、それを食べにきた鳥がいたるところで鳴いている。
こここここん、こここここここーん、と木々をぬうようにしてはっきりと聞こえてくるかたい音は、啄木鳥が木を抉る音だ。
私は時々、狼の足跡を見る。鹿のフンに群がるハエを見る。道路を歩くキツネを見る。うさぎの親子を見る。
虫に囲まれているということは、動物に囲まれていることでもあるのだ。
自然がそばにある生活のおかげで、私はそこかしこに張り付く邪魔な芋虫を指でつまんで放り投げることができるようになったし、自分のタオルにハエが群がっていたとしてもなんとも思わなくなっていた。
一度外で子どもたちと遊んでいるときに、首がもぞもぞするなと思って触ってみると、柔らかな一本の短いグミのようなものを掴んだ。
芋虫だった。
でも私は驚くことなく、それを放り投げた。
私はきっとここで、どんどん子どもになっていく。
タオルに群がるハエを見て、そうぼんやりと思った。
おじいちゃんの家で、私は子どもたちと一緒にプールに入った。
プールはすごく冷たく、子どもたちの唇はあっという間に真っ青になり、カタカタと震え出す。
夜ご飯を食べ終え、3度目に入ったプールでも子どもたちはすぐに震え出してしまい、私とおばあちゃんだけが残り、泳ぐことが好きな私は「もう終わりかぁ」と思って出ようかなと考えていた。
すると、予想に反しておばあちゃんが話しかけてきてくれた。最初は何を言ってるか分からず、きょとんとしていたけれど、なんとなく、泳ぎ方を教えてくれているんだと思った。
私は彼女の教えに従って、いくつかの泳ぎ方を教えてもらった。でも私は運動が得意ではないので、上手にできない。
彼女は魔女みたいに大笑いしていた。一生懸命にやっている私の顔が面白かったのかもしれない。
私は初めて彼女を見たときから魔女みたいに笑うなと思っていたので、ぽってりとした体躯にも関わらず、自由自在にプールの中で泳ぐ彼女はある種のファンタジーさがあった。
私は、目の前の人間が自分の母国語とする日本語を話せないことがなんだか不思議だった。私と同じように食事をし、排泄をし、呼吸をして生きているのに、同じ人間なのに、言語は違う。
音で話しているのに、少し音が変わるだけで、私たちは相手の言っていることが何もわからなくなる。私たちが日常で出している音は、一体なんなんだろうか。
それは私にとって、なんだかとても感覚だった。
目の前の相手はなんで私が知っている母国語を知らないんだろう。なんで私は相手が話していることがなんにもわからないんだろう。
「なんでなんだろう」
そう思えるようになったことも、私が子どもの感覚に近づいていっている証拠のような気がした。
私は、色々なことに対して「なんでなんだろう」と思う子どもだった。疑問に思うことはとても大切なことだと、大人になって感じている。
この人はなんでこんなことを言うんだろう?
私はなんで今苦しいんだろう?
そう思えば思うほど、私は他人を自分なりに理解したし、自分自身のことも理解していく。
でも、そう思うには余裕が必要だったのだ。
カナダに来て、3ヶ月が経とうとしている。私はやっぱり、ここに癒されに来たんだと、うとうとと昼寝をしながらそう思った。
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