デザインは翻訳すること|onehappy 小杉幸一さんインタビュー
小杉幸一さんが博報堂から独立して立ち上げたonehappy。「デザインは翻訳することである」という考えの下、個人であるからこそ実現できるデザインを追求しています。小杉さんならではのデザインの発想やその過程を、多岐に渡る最近の仕事から探っていきます。
(プロフィール)
小杉幸一
1980年、神奈川県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科。株式会社博報堂を経て、2019年株式会社「onehappy」を設立。企業、商品のブランディングのために、デザイン思考をベースに、クリエイティブディレクション、アートディレクションを行う。CIデザイン、VIデザイン、広告デザイン、空間デザイン、プロダクトデザイン、エディトリアルデザイン、パッケージデザイン、ウェブデザインなど。東京 ADC会員、JAGDA 会員、JIDF 会員、多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師。岡崎市市政ディレクター。
___事務所の特徴やスタイルについて教えてください。2019年に独立されましたが、どのような会社にしたいと思って作られたのでしょうか。
代理店にいた頃は、いろんな立場の社内の仲間と仕事をすることが他の会社よりは多かったのですが、もっともっとアートディレクションという技能をいろいろな分野で活かしたいと思っていました。
そう思ったきっかけはある時、映画プロデューサーの方から仕事を頼みたいと連絡をいただいて、最初はポスターなどの依頼かなと思っていたんですけど、実際は「小説をどうビジュアライズしたらいいか」という、本来は監督がするような内容だったんです。コミュニケーションやPRまでを考えるとアートディレクターのようなビジュアルプラットフォームを作れる人が手がける方がいいのではないかと。結局社内の都合で実現しなかったのですが、自分が想定していなかった仕事が舞い込んできた時に、環境を変えたら、もっとその機会が増えるのではないかと感じたんです。
僕の仕事スタイルは「翻訳」だと考えています。すべては「人」と「人」。もっとさまざまな人と繋がっていきたい!と考えているので、その可能性を模索するために会社を辞めてフリーになった、というところが一番大きいです。
フリーになったからこそ、今、愛知県岡崎市の市政ディレクターをやれているのかなと思います。最初は車のナンバープレートのお仕事だけをいただいたのですが、ナンバープレートは数字をしっかり見せないといけないなどの制限があります。
そこで、コミュニケーションのレイアーを少しあげることでもっと機能するものにできないかと思い、岡崎市のメッセージを開発し、その1メディアが「ナンバープレート」であるというプレゼンテーションをしました。そしたら、「それはいい、メッセージから伝えていこう」となったんです。これを代理店ができないというわけではありませんが、個としての働き方、ジョインの仕方が可能性として拓かれていると感じますね。
___デザインの仕事を「翻訳」にたとえるのは興味深いです。そのように考えるようになったきっかけは何ですか?
8年くらい前にガウディ×井上雄彦展の展示ポスターやビジュアルを作らせてもらった時ですね。井上さんがずっとおっしゃっていたのが、「これはガウディ×僕という展示じゃない。ガウディという存在を僕が今の世の中に翻訳しているんだ」ということでした。ガウディという建築家を今を生きている井上さんが翻訳することで、僕たちにガウディの何を伝えるべきなのかが井上さんの個性を通して伝わってくるんです。だから、「僕の展示じゃなくて、ガウディを翻訳している展示」であると。それを聞いたときに、デザインも同じだと思ったんです。
広告やクリエイティブ全般に言えるといっても過言ではないと思います。今を生きている自分がいて、商品や企業、サービスをどのように翻訳するかということですよね。機械翻訳の表面的なものではなく、自分の言葉できちんと世の中に向き合えるか、というところがデザインの本質だと思います。
スターフライヤーのブランディング
___最近手がけられたお仕事の中で印象に残っているものを教えてください。
ひとつは「スターフライヤー」で、5、6年やらせていただいています。他の航空会社とは違う魅力を考えたときにスターフライヤーを選んでいるという自信というか、自分をちょっと鼓舞する感じというか。それはハイブランドと同じ発想だろうと考えたんです。スターフライヤーを選んだことで自分がちょっと輝ける、というようなニュアンスで広告を作ろうと模索して、写真でブランディングをすることにしました。
最初の年は黒い機体を印象づけるためにモノクロで撮りました。そして、その写真を使ってブランド広告やサービス広告も積極的にコミュニケーションいたしました。
黒色の機体を本質的に理解すると、「カラフルシャイン」という第2のキャンペーンが生まれました。何でカラフルかというと、スターフライヤーのあの黒い機体は世界で数機しかないのですが、黒は白と違って色を吸収するんです。黒がすごく黒く見えるのは、カラフルな光を当てたときに黒が吸収するからではないか、それによって黒の艶やかさが際立ち、黒が一番きれいに見えるのではないかということで、「カラフルシャイン」の世界観を作っていきました。
___クライアントさんからは具体的にこういうイメージにしたい、などの相談や要望はあったのでしょうか?
最初は競合だったのですが、はじめてのブランディング広告ということもあったので、ブランドの人格設定を明確にして写真のアングルや狙いを言語化し、じっくり共有しながら進めさせていただきました。
これはコロナのときに、何かしらコミュニケーション発信をしたいと思って自主プレゼンした「間違い探し」です。単なる暇つぶしではなくて、ずっと写真を見る=スターフライヤーの世界観に触れるということで、「間違い探し」という手法を使いながらブランディングしていきました。
第4期にあたる今年の3月は、今まで格納庫でしか撮影できなかったのですが、格納庫の外に出て撮影ができることになりました。でも止まっている状態ではなくて、飛び立つときのダイナミックさを表現したい、さらに黒色の特性を生かし、まるで泳いでいるシャチのような重厚感、ゆったりとした時間を表現したいと思いました。それでコンセプトは「SWIM IN THE SKY.」にしました。
こだわったのは「雲表現」ですね。雲の流れを表現するためにカメラマンと試行錯誤して、「ゆったりと流れる時間」をどう表現できるか考えていきました。
___カメラマンさんへのディレクションや意思疎通で意識したことはありますか?
全体像はあまり撮らないでほしいとお願いしました。例えばスキューバダイビングで鯨のような大きい魚が近づいてきたときって絶対に全部は見えないじゃないですか。そういう近くにいるという感覚やダイナミックさ、優雅さを表現したい、あまり客観的にならないようにといったことは現場で伝えながら進めました。
___クライアントさんの反応はどうでしたか?
写真でブランディングすることをすごく理解していただきましたね。本社の会議室の壁を全部写真にしてくれたのですが、広告表現というより思想そのものになっていって、すごく嬉しかったですね。
スポーツをエンターテインメントに極める
もうひとつは「東京グレートベアーズ」というバレーボールチームのブランディングで、メインスポンサーであるネイチャーラボの皆さんと一緒にチーム名から考えるところからスタートしました。
エンターテイメントとして刷新したいという目的が明快だったので、「分かりやすさ」や「共感性の高さ」を意識していました。バレーボールの「高さ」「強そう」というのが最初キーワードとしてありました。そこから星座をモチーフにして強そうな大熊座にしました。また、バレーボールは6人でプレーをしますが+ファンで「7」。大熊座は北斗七星ということもあり分かりやく、「東京グレートベアーズ」と命名しました。チームカラーもカラーブランディングしながらユニフォームも作っていきました。
他にも今までは証明写真のような選手写真が主流でしたが、エンターテイメントならばビジュアルへの感度はとても重要ですし、男として魅力的に見せた方がファンは喜んでくれるし、新しいことをやっているという姿勢にもなるので、HIRO KIMURAさんというファッションや男性のポートレートに長けたカメラマンに撮ってもらいました。
あとはキャラクターマスコットも必要ということで熊のマスコットを作りました。記者発表でお披露目してコミュニケーションツールに落とし込むところまでやっています。他にも会場自体がメディアと考えて、コピーライターに「飛ベア」「熊魂」など盛り上がる言葉を書いてもらって横断幕を作りました。
ファンクラブも「こぐま座」というコンセプトで、ハートをモチーフにしたロゴを作りました。
バレーボール界ではおそらく初めてだと思いますが、会場のエンターテイメント性をあげるため、光の演出までこだわられています。ちなみにテーマ曲は東京スカパラダイスオーケストラで、「北斗七星」という曲を書き下ろしてもらっているんです!
___すごいですね!
選手たちにもただ良いプレーをするのでなく、自分たちはエンターテイナーであるという意識でSNSで発信することも重要だとチーム全体で共有されています。設立1年目で来場者数がVリーグの新記録を達成して、今年またそれを更新しました。いま注目されているチームになってきたなという手ごたえがあります。
___ファンの方を引き込む色々な仕掛けが散りばめられていて、楽しそうだなと思いました。
僕もスポンサーさんも新しいことばかりなので、どうやったらこのチームをみんなにより好きになってもらえるかを、スポンサーさんと一丸になって必死に考えています。その結果「グレベア体験」をより充実されたものにするため、オリジナルお弁当など、「五感コミュニケーション」が生まれつつあると思います。
___お客さん目線のブランディングが徹底されていますね。もともと小杉さんはスポーツがお好きだったのですか?
バレーボールはやっていませんが、バスケなどスポーツは色々していました。実は地球規模でいうとバレーボールの競技人口が一番多いそうです。ママさんバレーがあるぐらい、幅広い年代の人ができるスポーツなんですよね。ポテンシャルはとても高い。
もっとできるのであれば、浅葉克己さんが卓球台を青くしてスタイリッシュにしたように、体育館の床の色を変えるとかしたいですね。海外のバスケではコートを液晶にしていますが、そういうところまでできると面白いですよね。
職人の世界をデザインで翻訳
実は日本のうちわのほとんどが香川県で作られています。SANUKI ReMIX(讃岐リミックス)というイベントは色々な香川の職人とアーティスト、デザイナーが組んで、職人の素晴らしさを再認識してもらおうとした試みです。僕は三谷さんという女性の丸亀うちわ職人の方とうちわをどのように魅力的に新しく価値提示できるか考えていたのですが、その中で一番すごいなと思ったのが、自分で竹を採りに行くこと。それもシーズンや場所によって全く違う竹が採れるので、そういうのを見極めながら作るそうです。そして、一本の竹の棒から生まれていること。その話を聞いて、ワインパッケージのように情報として魅せることが明確な価値なのではないかと思いました。うちわの形は知っているけれどそのようなストーリーや、実は1本の竹で出来ていることはあまり知られていないですよね。うちわの見た目ではなくて構造の価値を伝えていきましょうという話をしたら、すごく喜んでくださいました。
___クライアントさんとの会話で気をつけていることや大事にしていることはありますか?
今回の職人の方には、自分の中で情報を整理しないようにしてほしいと考えました。例えば竹への愛情があっても普通のことだと思い、隠してしまうんです。でもそういったところこそ価値があるかもしれないし、実はそこが魅力ですよと言ってあげるのが仕事だと思っています。話を聞くときは主観を入れずに、すべて並列に情報を受け取るというのは一番気にしている部分です。
以前工場の写真集を作らせてもらったときに、その職人の方がオイルまみれだから汚いと言ってずっと手を隠していました。でも、本当はその手が一番格好良かったりする。そこに価値がありますと言うのが、僕らの仕事でもあると思います。
___お話を伺って、職人さんの思いを強く感じました。このカラーバリエーションは小杉さんが選んだのですか?それともこのような伝統的な色が指定されているのでしょうか?
指定はないです。竹は染めることができると知ったので、僕の方でどの色が一番発色がいいかを試させてもらいました。職人の三谷さんと一緒に「出にくい色もあるけど逆に味になっていいね」と話し合いながら作りました。
イメージせず、まずは体験する
___デザインのインスピレーションはどこから得ることが多いですか?
やっぱり体験や情報ですね。それから僕の場合は打ち合わせ中にアイデアを出すことが多くて、何週間後に100%で見せます、といった従来の方法論に固執していません。
僕はビジュアルで会話しようと思っていて、打ち合わせ中にビジュアルを見せて話せればバンバン進んでいくことがよかったりもします。スピードは大事ですね。僕の師匠の佐野研二郎さんが言っていたのですが、水と一緒で溜めても濁ってくる、常に流れている方が情報純度が高いんです。その感覚がすごくあります。
___それをやるには、インプットが大事になってくるのではないかと思うのですが、インプットのために意識していることはありますか?
今の時代どれもメディアなので、日常生活そのもの、あらゆるものがインプットになると思います。キャンプに行ってもその中から何かヒントを得られるし、自分で体験するということですかね。
少し話が逸れますがイメージで作らないことが大事で、これは常に学生にも言っているのですが、例えば疲れたときに芝生に寝っ転がったら気持ちいいというイメージがありますよね。でも実際はチクチクして謎の虫が飛んできて不快です。自分が体験するから分かることがあり、そこから具体的なアイデアや自分らしい発想が出てくるので、若い人はとくにいろいろ経験、体験して、リアルに自分ごとにしてほしいですね。
___そんな小杉さんでも、スランプになることはありますか?何も出てこないなーと思うことは?
何も出てこないということは、多分判断できる情報がない状態だと思います。そういうときは情報をより詳しく、多面的に判断材料として集めることが必要で、自分の中に答えはない、というのが僕の考え方です。あくまでも「翻訳」で、0から1を生み出すわけではないので、翻訳できないなと思ったらもっと単語の意味や文脈、人を知るとか、そういう時間が必要ですよね。あまりうーんと悩むことはなくて、悩む原因を丁寧に無くして進めていくことが多いと思います。
___最初に提案したものが、クライアントさんから「何か違う」と言われたときはどうされますか?
あまりごり押しはしないタイプで、案を広げてまた比べるというやり方が多いです。こっちがいいのになと思うときはあるのですが、それはクリエイターとしての視点であって、常に商品やブランドを考えているのはクライアントなので。僕らはあくまでいくつかある仕事のうちの一つだけど、クライアントは24時間この商品のことを考えていて、総体的なものでは絶対に及びません。クリエイティブな視点でこちらの方が良いのではと提案することはできますが、そこはあまり出しゃばってはいけないと思っています。
ただ、ビジョンのために、本質的なことでない結論やプロセスでのブレは、明確にお伝えします。引っ張る存在より、一緒に気持ちよく進めていくにはどうしたらいいかをデザインしていくイメージです。
当たり前のものにヒントがある
___今後チャレンジしてみたいお仕事はありますか?
標識やパスポート、免許証などの公共物のデザインです。日常的に使うものなのに、免許証のデザインについてあまり意識していない。例えば、日本には才能あるカメラマンがたくさんいるので一度話し合って証明写真をよりよくするには?とか議論してもいいですよね(笑)。レイアウトや色なども持っていて誇りを感じられるデザインってなんだろうとか。
区役所がスタイリッシュかつモダンで、憧れる空間だったらいいですよね。スイスはまさにそうで、印刷物も格好良い。デザイン的な視点でも、生活する上でも、そういうことはやるべきではないかと思います。
___身近なものがおしゃれだとそれだけで生活の中に潤いが生まれますね。
他にはマイナンバーカードですね。当たり前だと思っているものにこそ、ヒントがある。より豊かになるものはまだまだあるのではないかと思います。
自分と異なるものに触れて意識的に視野を広げる
___これからデザイナーを目指す、若い世代の方に伝えたいことはありますか?
自分の世界を積極的に広げてかつ深く自分ごと化してもらいたいです。博報堂ケトルを設立した嶋浩一郎さんがよくおっしゃっているのは、自分の生活とは全く関係ないものを見ること。例えば五木ひろしさんのコンサートを見るとか(笑)。
以前、金沢おどりに呼んでもらった時のことです。最初は古風なものをイメージしていたのですが、いざ行くと凄いんです。エンタメとして確立されていて、見ることができてすごく良かったと感じました。自分が全く興味がないことから実はヒントをもらえます。
___昔から体験することを大事にされていたのでしょうか?
意識的にはしていなかったですが、振り返ると自分の経験したものからしか案や考え方が出てこないことが分かってきました。同じ課題をしていても、人によって違うものができますよね。それは僕も含めてその人の経験や考えてきたことが影響しているからだと思います。スポーツでいうと、練習の分が本番で出るというか。意識的にやったり見たりしたものしか出てこないと思っています。
プロセスにその人らしさが出ますよね。若いころ、アウトプットで個性を出そうとして、悩んだ時期もあったのですがそれは実は間違いで……。実はプロセスや考え方に明確な個性がある人が、それが自ずとアウトプットに個性が滲み出てくるんです。そうしたことを意識的にすることは、クリエイターとしてとても重要だと思います。
___貴重なお話をありがとうございました。
(取材協力:onehappy)
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