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エッセイ | 解散権は総理大臣の専権事項なのか?

 最近、衆議院にいわゆる「解散風」が吹いた。選挙が近い云々ということに特に強い関心があるわけではない。しかし、NHKをはじめとする報道機関が「衆議院の解散権の行使は、総理大臣の専権事項である」と言っているのを聞くと、違和感を覚える。

 今の内閣を支持する・支持しないということは言うつもりはない。現行の憲法では、衆議院の解散について、どのように規定されているのかということを書いてみたい。


(1)日本国憲法には解散権を明示した規定はない!

芦部信喜「憲法(新版 補訂版)」(岩波書店、1999、p299)を引用する。

日本国憲法には、内閣の解散権を明示した規定はない。七条三号は、天皇の国事行為の一つとして衆議院の解散を挙げているが、天皇が実質的に決定するわけではない。
六九条の内閣不信任決議に基づく解散も、解散権を正面から規定したものではない。
そこで、1940年代後半から50年代にかけて、いわゆる解散権論争が活発に行われたが、現在では、七条によって実質的な解散決定権が存するという慣行が成立している。(中略)
もっとも、七条により内閣に自由な解散権が認められるとしても、解散は国民に対して内閣が信を問う制度であるから、それにふさわしい理由が存在しなければならない。

前掲書、p299

 まず、確認しておきたいのは、解散権を明示した憲法の条文はないということである。
 仮に解散権というものがあるとしても、その権限は「内閣」にあるのであって、「内閣総理大臣」個人にあるわけではない。


(2)なぜ「解散権は総理大臣の専権事項である」と言われるのか?

*閣議
国務大臣全体の会議。議事に関する特別の規定はなく、すべて慣習による。なかでも重要な点は、議事は全会一致で決められること、閣議の内容について高度の秘密が要求されることの二つである。

前掲書、p293

 憲法に明文はないが、衆議院の解散権は「内閣」にあるとするのが慣例である。また、内閣の決定は「全会一致」、つまり、すべての大臣の合意が必要である。
 仮に一人でも反対する大臣がいる場合には、閣議決定することができない。内閣総理大臣一人の意思だけで、決められるわけではない。
 しかし内閣総理大臣には、「国務大臣の任命及び罷免」する権限がある。

憲法第六八条②
内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

 たとえば、閣議において、内閣総理大臣が衆議院の解散を決定したいと思っても、解散に反対する大臣が一人でもいるならば、解散はできない。
 そのような場合には、反対する大臣を罷免(辞めさせる)して、総理大臣が罷免した大臣の職務を兼務するか、あるいは、衆議院解散に賛成の大臣を新たに任命するか、ということになる。


(3) 解散に反対する大臣もいた

 記憶に比較的新しいところでは、小泉純一郎総理大臣が「郵政解散」を行おうとしたとき、反対した島村農相を罷免して、小泉総理が農相を兼務することにより、解散に踏み切ったことがある。

 総理大臣に大臣の任命権・罷免権があるから、反対する大臣がいれば、賛成する者を新たに任命するか、総理大臣が自ら兼務すれば、解散することは可能だ。


(4)しかしながら。。

 「解散権は総理大臣の専権事項だ」という言い方は、実質的には正しいのだろう。
 そういったほうが確かに分かりやすいのだが、やはりおかしい。

 というのは
①そもそも、憲法に解散に関する明文がない。
②かりに解散権というものがあるとしても、それは「内閣」であって、内閣総理大臣一人の権限ではない。

からである。


まとめ

 「分かりやすいこと」が求められる時代である。
 しかし、分かりやすくても、誤解をまねくような言い方は慎んだほうがよいのではないか?
 政治関係の報道では、どうしても、興味本位になりやすい。冷静に憲法や法律を吟味することが必要だろう。
 



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