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屍人と長虫


 屍人と長虫。『救世主』の発明によってこの世から消えた2つのもの。死の克服と竜の征伐はヒトに永遠の繁栄をもたらした。一方で福音を与えられなかった流民にとって、この2つは魔法と可能性に満ちた過去への憧憬と革命の期待を託せる最後の象徴である。

 *

 「俺の子にはな、サム。与えられる全てを授けようと思ったんだ」

 寝台の傍らに置かれた椅子。父さんはいつもここに座り僕が眠るのを見届け、その後に仕事に出るのだ。でも今日は

 「この贈り物でお前は苦しむかも知れない。でも信じてる……もし明日父さんがいつもの父さんじゃないと感じたら、それを信じないで。いいねサム?」

  そう言って父さんは僕を撫で部屋を出ていく。聖騎士の鎧を纏って。

 *

 あれから5年、俺は毎朝父さんでない父さんに見送られ学校へ行く。5年経っても変わらない世界。誰も死なず、空を覆う真っ白な天球に向かって住居は高く高く増築され続ける。学校の先生は各学年用に収録されたテレビ伝道師の説教電影を流すだけ。

『…このように地球を中心に周る太陽からの光を源に救世主は私たちを守る輝きを放っているのです』

 あくびが出そうだ。伝道師によく学べ、でも信じるな……父さんの口癖だった。先生に隠れて、大きく口を開き……


 びしゃり


 口から液体が噴き出した。教室中の視線が集まる。あわてて口を拭うと手にべっとりと真っ赤な液体が付いた。

 「何あれ?」「赤い?」

 ざわつく生徒を抑え先生が叫ぶ。

 「呪いだ!!」

 警報の鐘が鳴り始める。酷く気分が悪い。避難する学友、混乱し俺を罵る大人たち……気付いた時には学校は聖騎士の部隊に囲まれていた。

 有無を言わさぬ砲撃が始まる。火砲の轟音、崩れ始める校舎の振動。立てもせず祈るように父さんの名前を叫ぶ。

 「ローラン!!」

 バキリ、何かが割れる音がした。砕けた天球の外から、本物の太陽の光を背に巨影が降ってくる。

 屍人で、長虫。

 残った校舎を踏み砕き、白磁の竜の骸が俺の前に跪いた。

(続)

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