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夢Ⅰ(11)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

第10話:夢Ⅰ(10)

☆主な登場人物☆

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深夜に始まった戦いは、正午を過ぎ、夕刻まで続いた。

 

 

リックには、全く勝機を見い出せなかった戦いは、父親達の作戦が功を奏し、相手の陣営の混乱から始まった。また、父親達は想像以上に強かった。強靭な脚から繰り出される蹴りは、相手の甲冑を紙切れのように変形させ。明け方を迎えるころには、相手の陣営の2割程度が地面に横たわっていた。

 

しかし、数の力は圧倒的で戦いが長引くにつれて戦況は不利になっていった。相手の中には、ボーガンの様な飛び道具を持っている者もいた。大将に至っては、炸裂音を伴うピストルの様なものを携帯していたようで、戦力差はあまりにも大きかった。

 

押し寄せる敵を避けて、蹴り、飛び込んで、殴り倒し。父親達の目から光は失われていなかったが、疲労と負傷により、動きの切れはあきらかに落ちていた。

 

体力の限界が近づいていた。

突然、雷鳴にも似た空気を張り裂くような音が世界に響き渡った。あまりの音に、父親達も手が止まった。戦いの終わりは思わぬ形でやってきた。

それは招集の合図だった。敵陣は、雷鳴にも似たその音を聞くと。倒れている仲間を置いて、まだ火の手の及んでいない森の茂みへと消えていった。大将は、最後に高笑いしながら何か叫んでいたが、意味は理解できなかった。

負傷兵を残し、敵は撤収した。森はごうごうと燃え続け、空を黒煙が覆いつくしている。

 

 

父親達は、生き延びた。

リックは、森の端で見ていることしか出来なかった。彼らを救けたい。その一心で、丘を降りてきたが。舞い上がる土煙。敵の放つ狂気を帯びた怒声。甲冑に鋼の武器。腰こそ抜かさなかったものの、それらが、リックの意志の力を完全に奪った。彼らと一緒に戦えなかった臆病な自分が嫌だった。戦いが終わった後も、彼らに近寄ることが出来ずにいた。

父親達は生き延びたものの、身体中、打ち身や切り傷、矢傷や銃創だらけだった。祖父を支えながら父親、兄がリックの隠れている森に戻って来た。

彼らが傍に来たことで、その生々しい傷が目に入った。なかでも、祖父の傷が特に深く。刃物による傷が、彼の左足の肉を付け根から足関節へ向けて抉り取っていた。それを見たリックは、頭が真っ白になった。「何もできなかった。本当に。本当に、すみませんでした。」涙が止まらなかった。一緒に行くと言ったのはリックだった。何かできるはずだと思っていた。しかし、その自信はあまりに無責任だった。リックは情けなかった。自分が許せなかった。

 

為すすべなく、祖父に付き添って崖の棚に帰ろうとしたリックを兄が引き留めた。リックの目を見つめ、何か「手伝ってくれ。」と言っているようだった。役に立てることなら何でも手に付けたかった。彼らのために、体を動かしていたかった。リックは彼に従ったが、最初何をしようとしているのか全くわからなかった。彼はリックを伴い、戦場に戻って行った。目には、丘の上から戦場を見下ろしていた強い光が宿っていた。

戦場には、先ほどの戦いで負傷した敵兵がごろごろと転がっていた。その数は、ざっと30匹程度か。皆それぞれ、甲冑の胸や腹、足や腕に蹄の大きさの穴があった。近づいて気付いたのだが、皆一様に、うめき声をあげている。生きている。1匹として死んでいる者はいなかった。あの狂気の渦のなか、父親達は、敵を1匹も殺さなかったのだ。

兄は、リックに倒れている兵士を「背中に乗せる」ように促した。森がごうごうと吠えている。炎の勢いが増しているように感じる。急がなければ、盆地から出られなくなるかもしれなかった。リックは、兄の指示を疑った。どういうことだ。まさか、助けようとしているのか。本気か。さっきまで、自分たちを殺そうとした奴ら。森に火を放った奴ら。しかも、おそらく娯楽のために。リックには、理解できなかった。体が全力で拒否していた。

リックは、拒否したかった。しかし、兄の目の強い光に負け、しぶしぶ彼の背に敵兵を負わせた。彼らの目には、一体何が見えているのか、リックにはわからなかった。二匹背負わせては、運び出し、戻ってきては背負わせるを繰り返した。途中から、姉も駆け付け2人で手分けして運び出した。敵兵を背に負わせながら、リックは悔しくて涙が止まらなかった。なんでこんな奴らを。炎がリックの感情に応じるように、メキメキボキボキと森を飲み込んでいた。

 

敵兵は、燃え盛る森から十分離れた川辺に避難させられた。すべてが終わったのは、深夜だった。崖の棚を飛び出し、丸一日経っていた。

炎は、その後2日間森の中を暴れまわった。

 

 

兄姉は、日替わりで川辺の負傷兵のもとへ、食料を届けた。献身的な看護により、敵兵は日に日に元気を取り戻していった。

崖の棚では、父親と母親が祖父の傷の手当てに追われていた。リックは、祖父の手当てに加わった。祖父の傷は深く、回復の兆しは見えなかった。もはや、彼は、まともに走ることも、空を飛ぶように跳躍することも、そして、立ち上がることさえ出来なかった。

 

リックは、憎かった。全てが憎かった。

高笑いをしていた奴らが。平然と昇って行く太陽が。冷ややかな月の明かりが。

そして無力な自分自身が。

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