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夢Ⅰ(7)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

第6話:夢Ⅰ(6)

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 先を進む動物は、時折振り返っては、リックがちゃんと着いて来れているか確認しているようだった。
 色鮮やかな毛を風になびかせながら優雅に立ち振る舞う姿や、穏やかな視線からは、危険な動物という印象を受けることはなかった。

 途中、森の中で2度休憩を挟んだ。休憩のときに、動物は近くの茂みから房状の木の実を取ってきて、リックに分けてくれた。砂浜から、水しか口にしていなかったため、胃がキリキリと空腹を訴えていた。最初は恐る恐るではあったが、有り難くいただいた。木の実の優しい甘さが口の中に広がり、空腹を幾分か満たした。
 川辺からは、かなりの距離を歩いていた。
 2度目の休憩からしばらく行ったころ、森が途切れ、黒く切り立った崖が姿を現した。月明かりに照らされた崖は高く、麓からでは、その頂上を確認することはできなかった。

 森を進む間に、リックの中に先を行く動物を信頼する心が芽生えてきていた。動物の方でも、後に続くリックの様子を観察しているようだった。

 動物は、崖の麓でリックが追い付いたことを確認すると、目をじっと見つめた後。「背に乗れ。」というように視線で背を示し、前足を折って少し前傾姿勢になった。リックは、手の動きで「僕が。ここに。」乗るのかと尋ねた。動物は、その仕草を理解したように、こくりと頷いている。出会ってから、「川辺」と「今」で二度の明確な意思の疎通があった。それは、とてもスムーズで。リックは、この動物が「とても知能の高い動物」なのではないかと思い始めていた。勇気を振り絞り、動物の指示に従い背中によじ登り、しがみ付く。虹色の毛をしっかりと掴み、体を出来るだけ動物の背中に密着させた。動物は、リックが背中に乗ったことを確認すると、崖に向けて、軽やかに跳び上がった。一度の跳躍が驚くほど高く、崖の急斜面を慣れた手つき(足つき)で、滑らかに駆け上がって行く。リックに気を使ってくれているようで、途中落ちそうになるというようなことは一度もなかった。
 肌に触れる空気が、ヒヤリと確かな冷気を帯び出すと、リック達は、切り立つ崖がせり出し「棚」のようになった平地に到着した。
 金色の欠けた月が、リックの視線の高さに浮かんでいる。
 見上げても黒い崖の頂上は、まだ見えなかった。

 地面をしだくように踏みしめると、動物が「着いたよ。」というように、前足を折り、視線を送ってきた。細かな緑草に一面を覆われた崖の棚の、ちょうど真ん中あたりに、少し大きめの木が1本立っていた。木の周りには、川辺で見た2頭だろうか、色の地味な動物が横になっている。その他に、色の派手な種類が2頭、木とリック達の間に横になっていた。

 足裏にあたる草の感触がさわさわと気持ち良く。
 崖の棚は、麓よりも少し肌寒かった。

 横になっていた派手な種類の1頭が、こちらに気付き、すうっと静かに立ち上がった。リックを連れて来てくれた動物が、その1頭にゆっくりと近づき頭を優しく触れ合わせた。「ただいま。」と言っているようだった。

 

 動物達と、数日一緒に過ごす中でわかったことがいくつかあった。
 この動物達は、やはりとても知能が高く。こちらの意図を完全に理解し、また、言葉も理解できるようだった。そのため、気になることがあれば、質問することで、だいたいのことは答えを得ることが出来た。動物たちは、リックの問いかけに対して、合っていれば、こくりと頷き。間違っていれば、ふりふりと首を振った。

 この一団は家族で、リックを連れて来てくれたのは、父親だった。最初に川辺で会った2頭は母親と娘で。崖の棚で立ち上がって出迎えてくれたのが息子、もう一頭は、祖父ということだった。
 リックを連れて来てくれたのは、途方に暮れているように感じたからということだった。大正解。「本当にありがとうございます。」と伝えた。言葉を受け、父親は微笑んだ。

 彼らは夜行性で、日中は木陰で休んでいることが多かった。リックもそれに従い、日中は休むようにし、夜には父親や息子、娘と一緒に食料となる木の実や、リックは食べなかったが新芽を取りに出かけた。
 どうしても太陽が恋しくなり、日中に出掛けたいときは息子が一緒に崖下に着いてきてくれた。
 そんなこともあり、リックは息子と一緒にいる時間が一番長かった。森を散策しながら、リックは彼にいろいろと語りかけた。彼も、そんなリックに興味があるようで、熱心に話を聞いていることが分かった。なかでも、「元の世界」の話が一番気に入っているようで、目を輝かせて聞き入っていた。どんな場所から来たのか。どんな生き物がいるのか。人間とは。それらは、どんな生活をしているのか。映画。音楽。本。リックにとっての現実は、当たり前のように、彼にとっての夢の世界だった。

 長く一人の時間を過ごしていたリックは、聞き手がいることの有難みを噛みしめていた。彼らは、楽しい話のときは一緒に笑い。辛い話になると、一緒になって悩んでくれた。

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                    ⇒第8話:夢Ⅰ(8)はこちら

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