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夢Ⅰ(14)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

夢Ⅰ(13)

☆主な登場人物☆

太陽が、頭上からさらさらと温かい光を注いでいる。

昼間の日の光が、川沿いを進むリックの肌を優しく包み込む。時折吹き付ける風は、まだまだ冬の気配を含んでいる。

 

負傷兵を避難させた川辺で、リックは足跡を見つけた。

兄姉の看護のおかげで元気を取り戻し、そこから立ち去ろうと。川沿いをぞろぞろと下流へと向かって続く足跡。

リックは、その跡だけを頼りに進んだ。

片手に鋼の光沢を放つ短剣を握りしめ。黙々と。川沿いの森からは、生き物の気配は感じられない。木々がさわさわと動向を見守ってくる。

 

崖の麓で父親と別れの挨拶を交わし。途中、一度の短い休憩を挟んだが、それ以外の時間は移動に費やしていた。

この行動の明確な目的は決めていなかった。まず奴らの。おそらく、別の世界にあるはずの住処を突き止めるつもりだった。その後のことは、考えないようにしていた。

足跡を見つめるリックの目が、弱く光沢を帯び。寄り添う短剣が、リックに代わり体を前進させていた。

 

太陽が木々の間に沈み、夜が近づいてきている。

足跡が川沿いから森の中へ進路をとっていることを確認し。二度目の休憩を取ることにした。

「崖の棚の家族」から分けてもらった食料を少し腹に入れ。呼吸を整える。食料は、あと二日分はしっかりあった。この先、どうなるかわからないので、少しずつ食べるつもりでいた。

 

完全に日が沈む前に、リックは森に分け入った。目の前に痕跡がある限り、進み続けるつもりでいたのだが。森に入りすぐに、リックは進路を見失ってしまった。

森は、木々の間を膝丈ほどのシダ植物が覆いつくしていた。奴らの足跡は。シダの原っぱに少し踏み込んだところで消えていた。

空でも飛んだのだろうか。太陽が夜の空に朱を足している。

もしくは、ここで奴らの世界へ向けて境界を超えたか。

しばらくその場から動くことが出来なかった。短剣が重たい。「前進しろ。」と言っている。わかっている。

 

夜の森は冷え込んだ。少しでも風をしのげる場所をと思い、森の中を少し探索したが、良さそうなところは見つからなかった。立ち止まると。追跡の疲れが一気に押し寄せる。眠たかった。昨日の夜、「崖の棚」から出発してから、まだ一睡もしていなかった。

リックは、一本の木を背にして座り込んだ。

久しぶりの孤独だった。月が出ているようで、木々の間から見える空が明るい。

じわりじわりと森の空気が体温を吸い出していく。それはまるで生命が体から滲み出していくような感覚だったが、恐怖は感じなかった。今のリックにとって、死は相対者ではなかった。短剣を脇に寝かせ、膝を抱えた。次の太陽が顔を出すまで待った。奴らの追跡を、まだ諦めていなかった。少し寝ては、寒さで目を覚ますを繰り返した。

 

 

空が明るさを取り戻し始めたことを確認したリックは、追跡を再開することにした。大気が活動を始め、朝と夜の境界で寒さが一段と増す。深呼吸をし、足に力を入れた。

腰を上げようとしたとき。後頭部に強い衝撃が走り、視界が揺れた。頭が重い。「あの感覚だ。」と思った。激しい頭痛がリックを襲う。体に力が入らず、前傾姿勢のままバランスを崩し、シダに頭から突っ込んだ。

リックはこの感覚を半ば待ち望んでいた。その意味を完全には理解できていなかったが。ここまでの体験で、この頭痛や全身の脱力を伴う体の異変の後、世界の境界を越えることを薄々感じていた。うまくいけば、奴らの世界に入り込めるかもしれないと。

次第に体の自由が戻って来る。何度か体験した感覚だが、相変わらず、腕に力が入らず、顔で体を支える不格好な状態が続いた。森の土に顔をこすり付け、もがいた。激しい頭痛がする。歯を食いしばりながらも、もがくことをやめなかった。

 

空はすっかり明るくなっていた。

自由な体を取り戻したリックは、昨日足跡を見失ったところまで戻ってみることにした。風景は昨日と変わりないが、また一段階、世界の深度が増したことを肌で感じていた。

足跡は、昨日と変わらず。やはり、森の入り口で消えていた。「さて、どうしたものか。」目標を完全に見失ってしまった。

 

辺りを見回したとき、リックの耳がこぅこぅと水の落ちる音を捉えた。昨夜は、全く気付かなかったが、近くに滝でもあるのだろうか。

音の出所は、川沿いを少し下流に下った森の中にあった。

音を頼りに、シダを踏み分けながら森の中を進むと、ごうごうと唸りを上げる滝が姿を現した。滝は、それほどの高さはなかったが、水量はなかなかのもので。音を立てながら、小振りの池に水を注ぎこんでいた。3本の小川が、放り込まれる水を手分けして捌いている。

   

リックは池の淵まで進み、水を叩きつけている滝を見つめた。「滝の世界。」言葉が頭をよぎった。影の化け物のいた「世界」から数えて、3つ目の世界に入ったなと。

ふと、池に写る自分の姿が目に入った。こちらの世界に来てから、一切手入れをしていなかった髪や髭は、リックの顔を目と口と鼻頭を残し覆いつくしていた。線の細い、影の化け物がそこにいた。リックは可笑しかった。

 

白銀に輝く短剣の初めての獲物は、髪と髭だった。短剣は無言で、操られるがままにリックの髪と髭を、しぶしぶ切り落とした。

「うぇっほぉ。おいおい、おいらの上に黒いのを被せないでくれよ。」足元の。シダの合間から突然声を掛けられ、リックは後ろへ飛び下がった。

シダの合間から、変なのがリックを見上げていた。

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                   ⇒第15話:夢Ⅰ(15)はこちら

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