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【人質の朗読会】小川洋子

※インスタに投稿した記事より、一部加筆修正してお届けいたします。


 遠い異国で人質となり、100日以上が経過して行われた救出作戦が失敗に終わり、爆死した八人のツアー旅行者達。
 盗聴による録音の記録から、彼らは、監禁されていた小屋で朗読会を開いていたことが判明しました。と言っても、詩や本の読み聞かせではありません。それぞれが過去に経験した他愛のない日常の出来事や、イレギュラーな思い出など、言ってみれば人生のほんの断片についての物語なのです。
 八人それぞれが、そういった過去の体験を文章にし、順に朗読して聞かせ合っていたのでした。

 絶望的な環境で、彼らは何を思い、どのような意図で朗読会を行ったのでしょうか。
 そういった余分な説明は、一切書かれていません。競い合うのではなく、励まし合うでもない……緊迫した極限状態の中、おそらく死を意識せざるを得ない絶望的な状態です。
 いや、それでも希望の灯を絶やしてはいけない、暗黙のルールが支配的だったのかもしれません。
 真相は誰にも分かりません。
 でも、決してパニックに陥らず、おそらく自分を認め、自分を見失わない為に、見えない未来ではなく、変わらない過去に縋ったのではないでしょうか?
 少なくとも、時間潰しや退屈凌ぎの娯楽ではなく、現実逃避でもなく、崇高な精神による行動だったのだと思いたいです。

 拉致されたことや犯人のこと、朗読会以外の監禁生活、その他諸々のディテールはごく最小限に抑えられ、後日談もなく、ただ八人プラス一人の朗読だけを順に書いた小説です。
 一話一話が、良質な短編小説として堪能出来ますが、それぞれの文末に、ごく簡潔にその人のプロフが記されており、その度に現実(作中の、という意味ですが)に引き戻されるのです。
 そう、彼らは皆んな、数ヶ月も監禁されていた人質だったのだと——。

 他の作品でもそうなのですが、小川洋子さんは息を呑むほど文章が美しい作家です。
 無駄な装飾はなく、静謐で上品で、温かみを感じ、とても心地よく心に響きます。なのに、書いてあることよりも、書かれていないことに思いを馳せてしまうのです。
 数年後、おそらく再読すると思います。


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