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女心と秋の空

(本作は2,152文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)

 爽やかな秋晴れの午後。マチコは、ヒロコとお喋りしながら歩いていた。 
 ヒロコは陰口と自慢話が多く、気を許せない相手だが、同じ場所への移動なので無視は出来ない。適当に相槌を打ちながら、子育て自慢に付き合っていたのだが、内心はうんざりしていた。でも、第三者が見ると、仲良く談笑しているように映っただろう。 

 今日は、恒例の集会日。マチコとヒロコは、5分程遅刻していつもの集会所に到着した。既に、ほぼ全員揃っているようだ。いつもそうなのだが、今日も大して重要な議題はないはず。 
 マチコは仲良しのケイコの姿を見つけ、そばに近づき挨拶を交わした。幸い、ヒロコは他にターゲットを見つけたのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。 

 ケイコは、今日も子連れだ。男女の双子だが、しばらく見ないうちに随分と大きくなったものね……と、子どもの成長の早さに、改めてマチコは驚いた。 
 双子は二卵性のためか、それほど似ていない。しかし、どちらもケイコにはそっくりなので、血縁ならではのこの矛盾に、マチコはいつも微笑んでしまう。 
 親子なんだね、とつい口に出るが、ケイコは怪訝な表情で「え? 何が?」と聞き返す。 
「いえ、いいの」とマチコ。 

「ところでマチコ、さっきヒロコと楽しげに喋ってなかった?」 
「楽しいわけないでしょ。また、自慢話に付き合わされてたの」 

 と、その時、マチコとケイコが話してしる傍を、ヨウコが通り過ぎたので、軽く挨拶した。 
「あらぁ、ヨウコじゃない。相変わらず綺麗にしてるわね」 
「本当に綺麗よね。それに、スタイルもよく保てるわね。何か秘訣とかあるのかしら? 羨ましいわ」 

 しかし、マチコとケイコが話し掛けても、ヨウコは冷めた表情でろくに返事も返さない。いつもこんな感じなのだ。常にツンとしていて、お高くとまっている印象を与える。 
 結局、ヨウコは最低限の挨拶を交わしただけで、マチコ達と合流することはなく、ソソクサとその場を離れた。

「相変わらず、嫌な女ね」 
「えぇ、ちょっと綺麗だからって、何様のつもりなのかしら?」 

 ヨウコが町内一の美人であることは、誰もが認めざるを得ないだろう。確か、クォーターらしい。なので、歳は大して離れていないのに、スタイルからしてマチコやケイコとは違うのだ。事実、モデルのように手足が長く、スラッとした締まったそのシルエットは、町内の誰よりも明らかに美しい。 
 反面、ヨウコは気性が激しく協調性にも欠ける為、いつしか誰からも敬遠されるようになった。今日も、少し離れたところで、一人ポツンと座っているようだ。

 いつの間にか、会議は始まっていた。毎回そうなのだが、今から始めます、といった挨拶などは一切なく、雑談の延長から何となく会議に突入する感じなのだ。その境目は誰も把握しておらず、まことにいい加減でアバウトな会議だ。 
 ただ、会議が始まってしまうと、急に仕切り出す男がいる。誰も名前は覚えていないが、色黒で毛深い大男で、陰ではクマと呼ばれている。 
 何事も力任せという感じの醜男だが、リーダーシップ性は確かにある。また、クマに逆らう勇気は誰にもないので、彼が取り仕切ることに異存は出ない。 
 そもそも、皆、面倒くさいのだ。 

「クマの奴、また仕切りだしたわね」 
「いいんじゃないの、それしか能がないのだから」 
「それもそうね」 

 その日は、町内のパトロールについて、事細かに決められた。幸い、マチコの区分については早々に変更なしと決まったので、後の話し合いについては、ろくに聞かずにうたた寝していた。 
 西地区の二丁目と三丁目の担当を決める際、あわや喧嘩寸前の言い争いがあったものの、全体的には大きな混乱もなく、短時間で何となく全てが決まった。 
 最後に、情報通のカヨコが報告があると言い出した。 

「カヨコさん、悪気はないのでしょうけど、いつもお節介よね」 
「ガセネタも多いしね」 
「そうそう、この間の区画整理の話、アレもデマだったんでしょ? あの話もカヨコさんが言い出しのよね」

 しかし、この日のカヨコの情報は、真偽はともかく、マチコにとっては大切な連絡だったので、少しは出席した甲斐があったと思った。 

「カヨコさんって、やっぱり頼りになるわよね」 
「あら、マチコ、さっきはお節介って言ってなかった?」 
「そんなこともあったって話よ。基本的には、尊敬しているわ」 

 カヨコによると、マチコの居住している東地区のゴミ出しの日が、来月から月曜日と木曜日に変わるらしいのだ。今日来れなかった友人に教えないと……マチコは思った。 
 同時に、近所に住む、あの粗暴な家族には黙っていようと考えた。 
(カヨコの話が本当なら、あの家族は困るだろうなぁ) 
 彼等の困り果てた表情を想像し、マチコはつい笑みをもらした。 

 野良ネコにとって、人間のゴミ収集日ほど大切な日はないのだ。 
 突然降り出した天気雨を機に、無意味でくだらないネコの集会は解散となった。