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彼女達のピアノ 第7話

第7話 『彼女の信念』


 そのお客様は、共働きで日中は不在のことが多く、いつも同居しているお婆ちゃんが対応してくださります。すごく“可愛い”お婆ちゃんで、穏やかで丁寧な方です。

 しかし、少し耳が遠いらしく、会話が成立しないことも多々あります。こちらからの問い掛けに、全く関係のないご回答をくださったり、「そうですか、そうですか」と何がそうなのか分からない私を尻目に、「それはご苦労なこった」と心当たりのないことを労ってくれることもあるのです。
 とても“可愛い”お婆ちゃんなのです。

 ある年の調律後、居間で少しお話をしました。
「どうぞ、オコタに入ってくださいな」と言われ、それがコタツのことだと気付くのに数秒要しましたが、遠慮なく温まらせて頂きました。
「よかったら、ミカンでも召し上がってくださいな」とミカンを山盛りに積んだ大きな籠を持って来てくれました。

 よくよく見ると、その籠……と言うか、バスケットは手作りのようです。しかも、素材はどう見ても新聞紙なのです。
 いや、でも、それがとてもよく出来ているのです。十数個、若しくはそれ以上もありそうな沢山のミカンを乗せても、その重みに負けることなく、変形もせず、撓むこともなく、とても新聞紙で出来ているとは思えない程頑強に作られているのです。

「ひょっとして、この籠はお婆ちゃんが作ったのですか?」と、思わず聞いてしまいました。
「ホホッ、アタシの唯一の趣味でねぇ」
「すごいですよ! 大変じゃないですか?」
「うんうん、やっぱり愛媛のミカンは美味しくてねぇ」
 時々、話が噛み合わなくなるのですが、そこはこちらが割り切るしかありません。

「こんなに綺麗に仕上がるなんて、手間暇掛かるのでしょうね!」
「まぁ、年寄りは時間は幾らでもあるでのぉ」
「コレ一個作るのに、どれぐらい掛かるんですか?」
「そうだのぉ、丸二日ぐらいは掛かったかなぁ。なんせ、新聞紙を百枚ぐらい使うでな」

 話が行ったら来たりしながらも、ゆっくりと時間を掛けて詳しく聞き出したところ、何となく製作の手順が掴めました。
 どうやら新聞紙を細く丸めて棒状にし、先ずは新聞紙の「紐」を作るそうです。そして、その「紐」を籐製品のように編込んでいく……まぁ、見たまんまと言うのか、想像通りではあります。
 しかし、何にでもノウハウがあるように、この籠作りにも大切なポイントがあるそうです。それは、「紐」の丸め方です。
 最初に準備する新聞紙を丸めただけの「紐」ですが、この丸め方が固すぎると上手く編み込めない上に、折れてしまうこともあるのだとか。かと言って、逆に緩過ぎると、今度は綺麗に編むことが出来ず、強度もなくなるそうです。
 程よい固さで丸めた「紐」は、編み込んでいく内に締め込まれていき、強度も増していくそうです。
 おそらく、想像以上に大変で地道な作業でしょう。その上、経験がものをいう作業でしょうし、勘やセンスに委ねる要素も大きいと思います。

「でも、楽しそうですね」
「まぁ、こんな婆さんなりに信念持ってやっとるんよ」
「どんな信念ですか?」
「最近の若い子は、何でもかんでも使い捨てにするけんど、そりゃ良くないと思うんでな、アタシなんかの古い人間はねぇ、使えるもんはなんぼでも直したり、再利用したり、使える限りは使わにゃ勿体ないと思うんでの。新聞紙かってそう。読んだら捨てるだけだもんでな、勿体無いじゃろ。どうせ捨てるんなら、活用してからでもいいもんでな、まぁ、こんな婆さんでもエコに協力しとるってわけじゃよ」
 そう言いながら、お婆ちゃんはミカンの皮を捨てるための小さなゴミ箱を出してくれました。
「ゴミは、ここに捨ててくださいな。貯まったら、この箱ごと捨てるでねな、これもエコですわ」
 そう、そのゴミ箱も新聞紙で作られたものだったのです。

 と言うことは、折角の貴重な紙資源が燃えるゴミになってしまうってことですね?
 エコどころか、資源の無駄遣いじゃないですか?

 オコタで温まりつつ、愛媛のミカンを食べながら、そんなことを考えてしまいました。
 でも、満足げな表情のお婆ちゃんに、間違いを指摘するほど私も野暮ではありません。



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