警部、お願いします!
【scene1】
「警部、お願いします!」
「これは、なかなか厄介なヤマだな」
「ということは、何か分かったのですか?」
「あぁ、幾つか興味深いことがな」
「……と言いますと?」
「先ず、これは明らかに単独犯、又は複数名による計画的、若しくは衝動的な犯行だ」
「なるほど。と言うことは……」
「そうだ。犯人は、おそらく内部関係者、或いは外部の人間だろう」
「だとすると、仰るとおり、厄介なヤマになりますね」
「間違いないな。これは、スピード解決の可能性もあるが、迷宮入りになるかもしれないし、そのどちらでもないかもしれない」
「覚悟しておきます」
「ただ、幸いなことに、犯人は沢山の手掛かりも残している。既に分かったことは、犯人は成人、または未成年の男で、女の可能性もある。要するに、成人か未成年の男か女と見て、まず間違いないだろう」
「警部! たった今遺書が見つかったそうです!」
「今それを言おうと思っていた。事故または自殺の線も捨て切れない、とな」
「警部の仰る通り、これは自殺かもしれないですね」
「あぁ、論理的に突き詰めていくと必ず真理に辿り着くんだ」
「でも、警部、この遺書は偽装工作かもしれません」
「いや、もういい、自殺で処理すれば済む話だ」
【scene2】
「警部、お願いします!」
「ここが現場か。寝室だな?」
「いえ、ここは、ガイシャが書斎として使っていたようです。あの椅子の足元で亡くなってました。胸を掻きむしって苦しんだ形跡があり、毒殺と思われます」
「つまり、この部屋に一人でいたところを、何者かにより惨殺されたってことだな?」
「いえ、家政婦に毒を盛られたようです」
「ドアも窓も内側から鍵が掛かっている。いわゆる密室ってやつか」
「いえ、窓もドアも施錠されていなかったようです」
「ガイシャの他に、合鍵を持ってる人もいないと……」
「いえ、合鍵なら家政婦も奥様も持ってますし、そもそもドアの鍵は掛かっていませんでした」
「窓と扉以外に、隠し扉のようなものもない……どうやら、巧妙なトリックが仕組まれていたようだな」
「いえ、自首した家政婦が、コーヒーに砒素を混ぜたと自供しています」
「ガイシャは、人から恨まれるような人物でもない」
「いえ、家政婦は日頃から酷いセクハラに悩まされており、昨夜、ついにガイシャに強姦されたと言っております」
「となると、怪しいのはビジネス絡み、ライバル社について調べる必要があるな」
「いえ、その必要なはないかと……」
「おいっ! お前、オレの話聞いてたのか!」
「お前が言うなっ!」
【scene3】
「警部、お願いします!」
「ガイシャの状態は?」
「胸と喉を何かで刺されたようです。死因は失血死。凶器は今のところ見つかっておりません」
「見たところ、凶器はペグだな」
「何故、ペグだとお分かりなのでしょうか?」
「まぁ、言わば『直感』だな。それに、ガイシャはキャンプ好きだしな」
「それはまた、どうしてそう思われるのですか?」
「この写真を見てみな。去年の十月八日に、富士山の七合目で撮影した写真だろう。真ん中にいるのがガイシャで右端が俺だ」
「そういうことでしたか。ガイシャは警部のお知り合いの方なのですね……」
「たまたまな。確か、ガレージの右奥の棚にキャンプ用品がまとめて置いてあるが、おそらく、大型のペグが一本無くなってる筈だ」
「直ぐに調べさせます」
「そうしてくれ。これは、計画的な犯行だ。少なくとも、ガイシャがキャンプ好きなことを知っている人間だ」
「顔見知りの犯行ですね?」
「キャンプ仲間の可能性が高いな。ペグはおそらく近くの川にでも捨てられたのだろう。ほら、その窓から見える橋の真ん中辺りから、川下に向かって投げ捨てたんだ。川底をさらう必要があるかもな……いいか、これらは全て、犯人しか知り得ない情報だ」
「……警部、何故そんなに詳しいのでしょうか?」
「あっ……」
「ちょっと本部までご同行頂けますか?」
【scene4】
「警部、お願いします!」
「おぉおぉ、これは酷い有様だな」
「死亡推定時間は昨夜十時頃、ご覧のように滅多刺しですので、どれが致命傷なのか特定出来ておりません。直接の死因も、おそらく失血死とのことですが、まだ断定には至っておりません」
「ふむ。私の見たところ、昨晩十時頃に、何者かが何らかの凶器で滅多刺しにしたってところだな」
「さすが警部! おっしゃる通りです」
「これだけやられると、致命傷と直接の死因の特定は難しいだろう」
「なるほど、鋭いご推察です」
「ただ、これだけは言える。犯人は返り血を浴びている可能性があるってことはな」
「確かに。捜査の参考にします」
「傷口からして凶器は鈍器ではないだろう」
「これで少しは捜査が絞れますね!」
「あと、ホシは何らかの手口でこの部屋に入った。それは確かだ」
「なるほど。その辺も詳しく調べさせます」
「そうしてくれ。ホシは、何らかの動機があり、犯行時のアリバイがないやつの可能性が高い」
「承知しました」
「あと、念のため、突発的、衝動的な犯行の可能性も考慮に入れておけ」
「想定に入れておきます! 他には何かございますか?」
「一つだけ断定出来る。ホシは間違いなく、犯行時に現場にいたってことはな」
「肝に銘じます。で、具体的には何から調べましょう?」
【scene5】
「警部、お願いします!」
「しかし、こういう部屋もいいもんだな。そう思わないか?」
「はい、長らく利用していませんが……えぇと、第一発見者はホテルの清掃スタッフ。時間が大幅に過ぎているのに連絡が取れず、上からの指示で入室したところ、ベッド上で裸の男女が死んでいたそうです。死因は女は急性心不全、キメセク中の発作とのこと。その後、男はドラッグの過剰摂取で自殺を計ったとみられます」
「しかし、コイツら二回り程歳が離れてるな。不思議な関係だ。おかしいと思わないか?」
「はい、 二人は同じ会社に勤務する上司と部下、不倫関係です」
「しかし、何故この部屋にはカラオケなんてあるんだ? 二人部屋なのに不思議だな。おかしいと思わないか?」
「はい、共通の趣味はカラオケらしいので、敢えて選んだ可能性もあります。忘年会の余興でデュエットを歌ってから、親密になったという話もあります」
「しかし、この自販機は何だ? どうしてこんな所で避妊具なんか売ってるんだ? おかしいと思わないか?」
「はい、こういう場所を利用する者の大半は、避妊は必須なのではないでしょうか?」
「しかし、動機は何だろうな?」
「状況からして、何故動機が気になるのかおかしいと思います」
「しかし、犯人はどうやってここに入り、出ていったのか?」
「状況からして、何故第三者の存在が気になるのかおかしいと思います」
「しかし、死因が心不全だと凶器も謎だな」
「状況からして、何故凶器が気になるのかおかしいと思います」
「しかし、ガイシャの二人は、こんな所で真っ裸で何してたんだ?」
「……さっきからおかしいと思っていましたが、もしや、警部、チェリーですか?」
【scene6】
「警部、お願いします!」
「ガイシャの身元は?」
「名前は西野太一、◯◯物産の営業マン、二十九歳の独身。この部屋で三年前から一人暮らし。優秀な業績から昇進間近と目されていました」
「ほぉ、それなら、恨みや妬みもあっただろうな」
「おっしゃる通り、結果の為には手段を選ばない男で、同期の中田という社員とは普段からかなり激しくやり合っていたようです」
「そいつには話を聞いたのか?」
「生憎、まだ話は出来ておりませんが、つい先程、任意同行に応じた模様、捜査本部に向かわせています」
「そうか……ところでだ、ダイニングメッセージがあると聞いたが?」
「はい、ダイイングメッセージですね。ガイシャの死因は、正面から胸部を刃物で刺されたことによる失血性ショック死ですが、おそらくホシの顔を見ています。自らの血でフローリングの床にホシの名前を書こうとして、途中で息絶えたとみられます。ある意味、ダイニングメッセージですね」
「で、そのダイビングメッセージには何と?」
「中口……恐らく、中田と書こうとしたのではないでしょうか?」
「いや、それだと書き順がおかしいな。これは中国やロシアとの取引に関わるビジネス絡みだろう」
「この際、書き順は問題ないかと……それに、◯◯物産は海外との取引はありません」
「だとすると、中日とロッテの試合か……」
「いえ、中日はセリーグ、ロッテはパリーグです。オープン戦ならまだしも、もうとっくにシーズンは始まっていますし、交流戦はまだです」
「そうか、書き順が関係ないなら、中日と日ハムの線も無視出来んな」
「日ハムもパリーグです。それに、中田の方が無視出来ないと思います」
「でも、それは書き順が違うと言ってるだろ?」
「そ、それだと日ハムも違うような…」
「そうか、そうだよ! 日ハムじゃない! もっと単純だ。中日だよ! これはまんまと引っ掛かるところだったな」
「中田の取り調べはいかがいたしましょう?」
「なんだ、その中田という男と中日ドラゴンズに、何か関係があるのか?」
「いえ、ただ、中田が自供を始めたそうなので」
「そいつはきっと中日ファンだ」
【scene7】
【scene8】
【scene9】
【scene10】
【scene11】
【scene12】