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本当に自分を成長させてくれるのは「忘れられない物語」だという話

憧れだった外資系企業でマーケティングの仕事をできる事になった時、嬉しかったけどものすごく緊張もした。日本のプロ野球でそこそこやっていた、決して一流でも有名でもない選手が、ひょんな事から大リーグに移籍する事になったような気分だった。鳴り物入りの加入、というわけでもない。特別扱いはされない。ただ当たり前のようにプロとして貢献しなくてはならない。そんな緊張感に身を焦がしていた。

さらに不安な事は、上司が日本にいない事だった。当時僕の上司は二人いて、一人は香港在住の中国人の女性、「ドットライン」と呼ばれるサブの上司はイギリス在住の英国人だった。こういうチーム編成は多国籍企業において決して珍しい事ではなく、日本のオフィスにいながら日本の支社長の配下にあたらない人は、マーケティング部門では少なくとも1/3くらいはいた。

当時はZOOMのようなものもなかったので、この二人の上司とは、いつも「カンファレンスコール」という国際電話でやりとりをしていた。だから直接会って顔を見たのは結局指折り数えるほどだったが、この二人とはいくつか生涯忘れないであろう「物語」を共有しており、何よりそれを通じてビジネスパーソンとして成長させてもらった。だから二人は、今となっては元上司というより恩師のような存在だ。女性の方をデイジー、男性の方とミックとしよう。

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イギリス人の上司ミックは本社の上級副社長という重役で、世界中に部下がいる多忙な人だった。入社後初めての出張で訪れた上海のオフィスで顔を合わせ、そこで説明した僕の戦略フレームワークを気に入ってくれ、世界中の同じポジションの同僚にその場でメールで紹介してくれた。今後は定期的にキャッチアップしよう、という事になり、電話会議が定例化したのもその時だった。

日本に帰国してから数日たち、初めての定例会議を翌日に控え、僕は頭を悩ませていた。忙しい重役の時間を30分使うのだから、なるべく有益な情報をインプットしなくてはならない。そのために、どんなフォーマットのレポートにするべきか。当月のパフォーマンスを先月と比較して説明するべきか、そもそも初めに今年のパフォーマンスを前年と比較して説明するべきか。両方つくっておいてその場で相談しよう、と結論し、僕は夜遅くまで時間をかけてその準備をした。

当日は朝から忙しく、説明を頭の中でリハーサルする時間も取れなかった。直前にあった外出先でのミーティングが長引き、落ち着いた場所に移動できる時間がなかったので、その取引先のビルのエントランスから慌てて携帯で電話会議に入った。ミックは既に入室していた。遅れた事を詫び、今月のアップデートと今年のアップデート、どちらから説明した方がいいか意見を求めた。

その答えに痺れた。「どっちでもないよ。ダイスケ、それより君自信のアップデートを聞かせてくれ。私が聞きたいのは、君が元気でやってるか、だよ。何か困った事はないかな?僕が手助けできるような事は」。その後どんな事を話したか、その後の定例で何を話したかはあまり覚えてない。でも、その時のミックの一言は、リーダーのあるべき姿というものを、どんな書籍やセミナーより雄弁に僕に教えてくれた。

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香港在住のデイジーは、北アジアを統括するオフィスの副社長だった。本来オフィスは上海にあるのだが、パートナーは香港で会社を経営しており、お子さんも香港の学校に通っていたので、特例的に香港の自宅で在宅勤務をしていた。当時は他に聞いた事がなかったそんな特例が認められるほどの実力者で、過去には30代で台湾支社の支社長を務めた事もある。

デイジーは語気が強く、誰にでもはっきりとものを言う人だった。僕も当時はなかなかに尖っており、お互いはっきりとものを言い合う結果、よく言い争いや、ほぼ喧嘩のような状態になる事も多かった。全て仕事の真剣な議論なのであとぐされはなく、むしろそうして意見を主張する僕を評価してくれていたので、人間関係はそれでもずっと良好だった。

ある時、デイジーの管掌する領域の日本における戦略を、日本の担当である僕と二人で経営陣にプレゼンする、という機会があった。事前の会議では二人の意見が食い違った。デイジーはあれこれと問題点を指摘するのだが、僕は頑なに自分の案を押し通し、最後は喧嘩別れのような形で時間切れとなってしまい、会議本番を迎えた。プレゼンターは僕だった。

プレゼンを終えると、経営陣からいくつか問題点を指摘された。悪い事に、全てデイジーが事前に指摘してくれ、僕が子供っぽく突っぱねてしまっていた問題点だった。あまりの申し訳なさ、恥ずかしさに頭が真っ白になった。すると、デイジーは間髪入れずに、いつもの強い語気で経営陣に喰ってかかった。いや、それにはこういう解決策がある、その問題はこういう訳で気にする必要はない、と。自分が猛反対していた事などおくびにも出さず、完全に僕の側に立って僕を守ってくれたのだ。

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普段笑ったり悲しい顔をしたりする事はほとんどない、仕事の議論で興奮する以外は感情にあまり起伏がないデイジーだったが、僕が他の会社でいいチャンスを得たので転職したい言った時には明らかに動揺していた。長い話し合いをして最後には納得してくれ、日本にやってきて送別会をしてくれ、生まれたばかりの僕の娘にプレゼントまで持ってきてくれた。

僕はどう考えてもいい部下じゃなかったのに。しかも辞めていく人間なのに。今後おそらく一緒に仕事をする可能性はないし、何なら会う可能性だってほとんどないと思われるのに。

ミックにもデイジーにも共通していたのは、「日本の担当マネージャー」ではなく、「人間であるダイスケ・イノウエ」に向き合ってくれた事だ。まず何より、仲間として、人間としての僕との関係があり、その上に仕事の関係性を築こうとしてくれた事。だからミックは最初の電話会議で何より僕の不安を気遣ってくれたし、デイジーは会議で僕を守ってくれた。仲間なら、味方なら当然だ、と言わんばかりに。

こうして文章を綴っていて、いまだにそういうリーダーになれていない自分が猛烈に恥ずかしいけど、少なくとも恥ずかしいと思える事は人間的な成長だと自分を慰めさせてほしい。そして、そんな成長をもたらしてくれたのは、他ならぬ、ここで話した二人の偉大なリーダーとの物語なのだった。

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