日経COMEMOは、様々な分野から厳選した新しい時代のリーダーたちが、社会に思うこと、専門領域の知見などを投稿するサービスです。 【noteで投稿されている方へ】 #COMEMOがついた投稿を日々COMEMOスタッフが巡回し、COMEMOマガジンや日経電子版でご紹介させていただきます。「書けば、つながる」をスローガンに、より多くのビジネスパーソンが発信し、つながり、ビジネスシーンを活性化する世界を創っていきたいと思います。 https://bit.ly/2EbuxaF
Daisuke Inoue
なくてもいいけど、あったら人生が豊かになる。そんな知識を集めたマガジンです。
もう15年くらい前になるか。 自衛隊のパイロットを夢見て何年もただそれだけを追いかけていた年下の親友が、山口の宇部空港で行われる最終試験まで行って落ちた。携帯のメッセージで不合格の連絡をもらってから、2ヶ月くらい音信不通になっていたのだが、ある日突然連絡が来て会うと、彼は意外とケロッとしていた。 お互い試験のことには触れず、今何をやっていて次に何をやる予定か、そんな事を話しながらいつものように街をぶらぶらし、やがて海の見える公園にたどり着いた。普段あんまりそんな事はしない
結局のところ、バズは何も生まない「無限の彼方へさあ行くぞ!」。いや、そっちじゃなくて。「バズる」のバズです。いや、私だって「バズりたい」という色気がないわけではないです。このnoteだって、バズってくれればそれに越したことはありません。ツイッターやnoteのアイコンを叩いて、「うわ、ありえねー!」とのけぞるほどの通知を見るのは、何というか快感です。承認欲求が満たされます。 ただ、それだけなんです。いっときの快感を覚え、承認欲求が満たされる。ただそれだけ。これまで何度か、ツイ
「配属ガチャ」は、3〜5年の短いスパンで見れば確かに「ガチャ」 この時期、新入社員研修を終えて配属が決まり、連休明けからいよいよ社会人として本格始動、という方も多いのではないでしょうか。配属は希望通りだったでしょうか? 企画職を希望していたのに営業職の配属だったり、本社でのデスクワークを希望していたのに地方の工場に配属されたり。どんな会社でも全員の希望を叶えることは現実的に不可能なので、不本意な配属に打ちひしがれる新入社員というのは、毎年連休を挟んだこの時期の気の毒な風物詩
実力とは技術とメンタルのかけあわせWBCやワールドカップなどの国際大会は、普段スポーツを見ない人をも熱狂の渦に巻き込みます。世界中の人が注目するスポーツイベントは、普段にも増してドラマチックなのでそれも当然です。私はスポーツ観戦が生活の一部なのですが、国際大会はやはり感動もひとしおです。それは選手たちの「二つの戦い」を目撃できるからです。 一つは選手同士の技と技のぶつかり合い。そしてもう一つは、選手の内面で繰り広げられる、自分自身とプレッシャーとの戦いです。練習で技術が発揮
キャリアは「計画された偶然」5年前に時間を巻き戻してみてください。今これを書いているのは2023年の2月なので、ここでは2018年の2月を5年前としてみます。そのときの、向こう5年間の人生計画はどのようなものだったでしょうか? 私は計画と言えるほどのものは持ち合わせていなかったのですが、いくつかちょっとした夢がありました。そのうち1つは8割方実現したように思われます。1つはまた途上で実現していません。1つはもう夢ではなくなりました。今思えば、なんでそんな事が夢だったのだろう?
キャリア自律は今や企業が求めるものでもあるキャリアは会社に決めてもらうものではなく、自分で自ら切り開くものである。このような考え方には以外と歴史があり、1970年代の初頭から提唱されはじめました。心理学者のダグラス・ホールは「プロティアン・キャリア」を提唱し、会社に依存せず、自ら変化し続けるキャリアのあり方を理想として説きました。 1990年代後半になると、「バウンダリーレス・キャリア」という考え方が、キャリア論を専門とするアーサーと、組織行動論の研究者であるルソーによって
「出世はしないけど成功」というキャリアは想像できなかった子供の頃、ソーリーといえば中曽根ソーリーでヒットチャートには数曲演歌が入るような時代ですが、出世して課長や部長になることは、夢とまではいかなくてもある種の憧れでした。お父さんが自動車会社の部長だという出来杉くんのような友だちがいて、家に遊びにいくとたまにその御仁に出くわすのですが、そのちゃんとした感じは何とも世間離れした映画の中の人のように見えたものです。 そんな時代に生まれ育ち、昭和の空気が、まだ二日酔いのように時代
『「正しい」「良い」「美しい」の初期値』としての文化 2022年サッカーワールドカップでは、強豪ドイツを破る日本代表の活躍もさる事ながら、ファンや選手が試合後のスタジアムを清掃して帰る、という日本人の振る舞いが世界中で称賛されました。勝利の高揚感のなかでも、敗北の絶望感の中でも、必ずゴミ拾いや片付けをして帰るサッカーファン・関係者の皆さんには、同じ日本人としても本当に頭が下がる思いでした。 11万件以上の「いいね」がついたFIFA公式のツイートを見ていると、「日本人は毎日
あの人自由だよね、の「自由」と思想信条の「自由」 以前ドイツの友人と話しているときに、ドイツ語の「freiraum(フライラウム)」をどう日本語に訳すか、という事で議論になりました。frei(フライ)は自由、raum(ラウム)は空間なので、そのまま訳すと「自由な空間」となります。しかし、辞書の例文を見てみると、この言葉の使われ方はとても多彩です。ときに「余白」だったり、「一人の時間」だったり、「誰かの好きにやらせる事」だったり。その言葉の広がりまで含めて訳すなら、日本語だと
結局リスキリングとは何なのか?「リスキリング」という言葉を最近よく聞くようになりました。平たく言うと、時代の変化で急に必要となったスキルを、必要な人全員に身につけてもらうこと、だと理解しています。「急に必要となったスキル」とは、これまであまりデジタル化が進んでなかった業界では、デバイスやソフトの操作などデジタル関係のスキルでしょう。 一方、はじめからデジタルのIT業界でも、リスキリングは重要な課題とされています。これまでの古い技術・知識を、AI(機械学習)時代の新しい技術・
具象→抽象→具象会社員をするかたわら、ビジネス関係のテーマで本や雑誌の記事を書いたり、講演をしたりする副業をやらせていただいています。とりわけ輝かしい経歴や実績があるわけでもなく、エリートでも頭がいいわけでもありません。そんな私がそういったお仕事をやらせていただけるのは、私の話が比較的「わかりやすい」からではないかと自己分析しています。その他のことで誇れることがあまりない分、これに関してはちょっと自信があります。長い時間をかけて工夫と失敗を重ねに重ね、現在にいたっているからで
「働きやすさ」は改善しているのに、「働きがい」は悪化している皆さんの職場の「働きやすさ」は改善したでしょうか。職場により差はあると思いますが、全体の数字を見ると明らかに改善しているようです。5月1日掲載の日経新聞の記事によると、2016年に政府が働き方改革を打ち出してから5年の間に、有給取得率は7.2%ポイント上昇し、一人あたりの労働時間は年間約100時間少なくなっています。これは大きな変化と言えるでしょう。 一方で、「働きがい」は改善するどころか悪化しています。人事コンサ
厚労省が、副業を制限する企業に理由を説明するよう求める新指針を、7月にも公開するようです。それを報じた日経の記事によると、現在企業の副業容認割合は、わずか24%に過ぎないということ。実に45%もの企業が、副業を全面禁止しているそうです。そんななか幸い副業OKの会社に勤めている私は、今年で副業生活4年目を迎えます。 他ならぬこのnoteも実はその一部なのですが、私の副業は書籍や雑誌記事の執筆と、マーケティングやビジネスに関する講演や講座の提供です。私自身の副業元年には、これに
「儲かる」だけでは起業のハードシングスは乗り越えられない 起業というと学生さんや若い人の特権のようにも思われますが、私のまわりには30代後半以降で起業した人も結構います。ざっと数えてみると10人くらいでしょうか。多くがそれまで各業界で活躍し、副業やフリーランスを挟み、ある程度成功の算段をたててから起業に漕ぎ着けています。 ただ、「成功の算段」というとき、その成功の定義は様々です。ある人にとってはシンプルに実入りを増やすことかもしれません。コンサルや美容師のような仕事では、
お世話になった上司に、転職が決まった、という気まずい挨拶をしようとした時の話です。正確には上司ではなく、斜め上だった女性の営業ヘッドでした。日本の短大を出てから、叩き上げでグローバル企業の営業トップまで上り詰めた、伝説の営業パーソンです。名前を仮にメグさんとしましょう。 当時まだ若く、尖りに尖っていた私は、直属の上司とはあまり反りがあいませんでした。私の仕事のスタイルには問題が沢山あり、上司はそれを正しくも指摘してくれていたのですが、当時はそれを素直に聞く耳を持ち合わせてい
「新しいぶどう酒は新しい革袋に」というイエス・キリストの言葉が、新約聖書にあります(ルカ5章38節)。罪人と食事をともにするなど、当時の常識を無視するイエスたちの行動を、保守的な人たちからとがめられときの台詞です。キリスト教という新しい教えは、古い常識や習慣の中では花開かない。意訳するとそういうことです。 常識や習慣が常に正しいわけではない。それらに目をくらまされることなく、本当に正しいことに目をむける努力をしよう。教会の説教や道徳の授業なら、そんな教訓がここから引き出せる