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「お館様」は現代にタイムスリップして世界最先端のリーダー論を学んでいる

漫画「キングダム」はビジネス書である、と銘打ったプロモーションが話題になりました。私も愛読者ですが、確かに同書はただ面白いだけではなく、リーダーシップを学ぶ良い教科書になっていると思います。しかし、私が「ビジネス書」として「キングダム」以上におすすめしたいのは、みなさんご存知の大人気漫画「鬼滅の刃」です。

キングダムで学べるのが伝統的なリーダーシップだとしたら、「鬼滅の刃」には、その舞台こそ大正時代ですが、リーダーシップ論の潮流から見ると「世界最先端」といっていい、現代における理想のリーダー像が描かれています。

それを体現するのは、鬼狩りの組織「鬼殺隊」の長、「お館様」こと産屋敷耀哉 (うぶやしきかがや)です。その完璧なる体現ぶりは、大正時代から現代にタイプスリップして、アメリカの大学か何かでリーダーシップ論を学んだのではないか?と疑うレベルです。このnoteでは、そんな耀哉の具体的な言動を通じて、彼のリーダーシップ論の本質に迫りたいと思います。

仕事をしていてもそうでなくても、管理職でもそうでなくても、リーダーシップは誰にでも必要とされる能力です。そうでありながら、最新のリーダーシップ論を勉強する人は、何なら会社勤めの管理職の方でもそう多くはないでしょう。でも、それが「鬼滅の刃」を読みながら楽しく勉強できたらどうですか?

これから、このnoteでは、「鬼滅の刃」のそんな「読み方」を紹介していきます。読み終わったら、既読の方はもう一度、未読の方は新たに、「鬼滅の刃」をぜひ手にとって見てください。単行本最終巻発売を前にした復習にもなると思います。なお、ネタバレはありません。

それでは始めましょう。ポイントが全部で5つありますので、一つづつ順番に紹介させてください。

1.私利私欲ではなく大義のために働く

お館様・産屋敷耀哉の夢は、鬼を打倒することです。そして、「大切な人が笑顔で天寿を全うするその日まで幸せに暮らせる」「命が理不尽に脅かされることのない」世界を実現することです。そのためには、自らの命を投げ出すことも厭いません。そこには一切の私利私欲がありません。

これがどれほどリーダーシップに大切なことかは、その真逆をイメージすると解りやすいでしょう。自分の出世や保身ばかり考えている上司には、例え表面上はどんなに優しく見えても、「この人についていこうという」という気はしないものです。

逆に、時に理不尽だったり無茶苦茶だったりしても、自分の私利私欲を超えた大きな目的のために邁進しているリーダーは人を惹きつけます。スティーブ・ジョブズは時に理不尽に部下を罵倒したり、身体障害者用の駐車場にも平気で車を止めたりする素行の悪さで有名でした。それでも人を惹きつけて止まなかったのは、「非常識に考え(Think Different)、未来を創る」という大義ゆえでしょう。

このような「大義」は、「ビジョン」「パーパス」などと呼ばれ、近年企業経営やブランドマネージメントの世界で注目を集めています。私利私欲を超えた「ビジョン」や「パーパス」を金科玉条として運営されている企業やブランドは、そうでない企業と比べ長期の成長率で勝ることを示したデータが複数存在します。

お館様のリーダーシップは、何よりまず、まさにこの「ビジョン」「パーパス」で人を引っ張るスタイルなのです。

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「鬼滅の刃19(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

2.弱さを認める

病気に犯され、体の弱いお館様は剣士になれません。「そんなやつが鬼殺隊の頭だとォ?」と、最高職位である「柱」に就任したばかりの、血気盛んな不死川実弥(しなずがわさねみ)に詰め寄られたお館様は、「ごめんね」と素直に非を認めます。

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「鬼滅の刃19(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

Vulnerability(ビュルネラビリティー)という言葉が、近年リーダーシップ教育の現場でよく使われます。私は過去にユリニーバやアウディなどの外資企業で管理職を勤めてきましたが、5〜6年ほど前からこの言葉を研修などでよく聞くようになりました。

Vulnerable(ビュルネラブル)は「弱い」「脆い」などと訳されますが、かつてはネガティブな響きだけを持つ言葉でした。例えば、「社会的弱者」は英語では"social vulnerables"といいます。しかし、近年、こうした「弱さ」や「脆さ」は、リーダーシップの文脈では、時として強みにもなりえると考えられるようになってきました。

部下を含めた他者への奉仕こそリーダーの仕事であると解く「サーバントリーダーシップ」は、チームを「引っ張る」強い力の持ち主という伝統的なリーダー像を否定します。メンバーに当事者として向き合う経験や判断の機会を与え、メンバーの自発的な行動や成長を促すリーダーには、むしろある種の「弱さ」が求められます。尊敬するリーダーの弱さを目の当たりにすると、メンバーはそこに、自分がいなければ、やらなければ、という存在意義とやりがいを見出すのです。

これは弱さ=強さのパラダイムシフト(価値観の変化)と言えます。自分の弱さを認め、それを隠すよりむしろさらけ出す、というスタイルの方が、私自身の経験上もその逆よりずっとうまく行きやすいと感じています。自分が仕える上司も、完全無欠のスーパーマンより、時に弱さも見せてくれる人の方が人間らしくてずっと好きです。

このことは、次に説明するauthenticity(オーセンティシティ)=自分らしさとも深く関係しています。自分の弱みも含めて「自分らしくある」ことが、現代においては何にもまして強さの源泉なのです。お館様は、まさにその両方の意味で弱い=強い、現代的なリーダーだと言えます。

3.「自分らしさ」を尊重する

鬼殺隊の剣士たち、特にその最高峰である柱たちは、多くが悲しい過去や出自、複雑なコンプレックスを抱えています。例えば、柱の一角、「恋柱」である甘露寺蜜璃(かんろじみつり)の筋肉は、常人の8倍の密度を持ちます。それゆえに女性としては常軌を逸した大食、かつ怪力なのですが、そんな特異体質を知った婚約者に婚約を破棄されてしまう、という悲しい過去を抱えています。

そんな蜜璃に、お館様は、次のような言葉をかけます。

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「鬼滅の刃14(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

蜜璃のコンプレックスを「神様からの贈りもの」とこれ以上ない言葉で賞賛し、それを「自分らしさ」として自らも尊重するよう説きます。そして、それを活かせる場所として、鬼殺隊の「柱」のポジションを与えます。蜜璃はその全てが嬉しくて思わず泣いてしまいます。

他の柱たちも、みなお館さまにこうして「ありのままの自分」を力強く肯定してもらうことで、鬼殺隊に自分たちの居場所を見出しています。そして他ならぬお館様自身も、自らの弱さを含めた「自分らしさ」を、そのリーダーシップの源としています。これが柱を中心とした鬼殺隊の組織としての強さの根幹です。

昨今、企業の全社戦略などでResilience(レジリエンス)という言葉をよく見かけます。辞書でひくと「弾力性」などと出てきてよく解らないと思いますが、要は「しなる強さ」ということだと私は理解しています。柳の木は、どんな強風も大雪も枝をしならせて耐え忍びます。この「しなる強さ」は、力を真正面から受け止める「突っ張る強さ」より持続的で、広い応用範囲を誇ります。

未曾有の大風や大雪がいつ押し寄せるともしれない現代社会においては、そうした「しなる強さ」こそ、私たちが身につけておくべき力です。目指すは「鋼のメンタル」ならぬ「柳のメンタル」なのです。

柳の枝はなぜうまく「しなる」ことができるのでしょうか?それはしなりの「起点」がしっかりしているからです。「柳のメンタル」を目指す我々も、強固なしなりの起点を持つ必要があります。そして、それこそまさに「自分らしさ」なのです。リーダーシップ論の専門用語でいうと、authenticity(オーセンティシティ)ということになります。

しなりの起点である「自分らしさ」は、自分がどうあるか、つまりbeingの問題です。この軸はブラさずに、何をするか、つまりdoingを柔軟に調整していく。これがレジリエンス(しなる強さ)を身につけるための基本戦略です。お館様はこのことをよく理解し、隊員の、そして自らの「自分らしさ」を尊重し、それを鬼殺隊という組織の礎としているのです。

4.異なる意見を受け入れる

柱は全員お館様を心から尊敬し、命を賭してでもその身を守ろうとします。しかし、誰もが最初からそうだったわけではありません。不死川実弥(しなずがわさねみ)が風柱に取り立てられた当初、「2.弱さを認める」でも紹介したシーンで、実弥はお館様に舌ぽう鋭くたてつきます。そんな様子を最年長者の岩柱、悲鳴嶼行冥 (ひめじまぎょうめい)はたしなめます。

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「鬼滅の刃19(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

しかし、お館様は「言わせてあげておくれ」「私は構わないよ」と意に介しません。これは、組織論の視点で見ると、「心理的安全性」をつくりだそうとしている、とも解釈できます。「心理的安全性」とは、誰もが自分の意見を言うことができ、それによって馬鹿にされたり、取り合われなかったり、立場が悪くなったり、といった心配がない状態です。

心理的安全性という考え方は、Googleの研究で一躍有名になりました。同社においてはパフォーマンスが高いチームほど、この心理的安全性が高い傾向にあることが解ったのです。心理的安全性が守られていると、意見交換が活発になります。すると、上意下達で下が意見できない環境では出てこなかったであろう、現場ならではの素晴らしいアイデアを、上層部がうまくすくい上げられたりします。一つの意見が他の人の頭を刺激して、全く新しい発想が生まれることもよくあります。

もっとも、この心理的安全性が機能するには、メンバー全員がしっかりと自分の意見を持っており、それを表明したがっており、かつそれがよく考えられており、全体として粒が揃っている必要があります。そうした能力のないメンバーは、おそらくGoogleに入社したり、仮にできてもい続けることはできません。そうでない環境で、ただ心理的安全性をつくる「だけ」ではダメなのです。

そういったことを考慮してか、鬼殺隊にあっては、この心理的安全性は、主に実力者である柱の間だけで意識され、守られているように感じます。鬼殺隊は基本的に階層的な組織で、厳しい上下関係が敷かれています。柱は他の隊員たちに、尊敬されると共に恐れられており、そこには心理的安全性など見る影もありません。

5.成長と成功を心から信じる

霞柱の時透無一郎(ときとうむいちろう)はわずか14歳の少年剣士です。柱に取り立てられたときは、まだ刀を握ってから二ヶ月しかたっていなかったと言われます。登用する立場のお館様からすれば、これはかなりリスキーな判断です。失敗すれば無一郎自身の命を危険にさらし、さらに柱の名を汚すことになり、ひいては鬼滅隊全体の沽券に関わります。いくら無一郎の腕が秀でていようと、普通は二の足を踏むところでしょう。

しかし、お館様はこのような大抜擢にも躊躇がありません。なぜなら、無一郎の可能性を、その成長と成功を、心の底から信じているからです。この「信」の力、信念・信頼のエネルギーは、柱をはじめとした剣士たちに無限のパワーを与えます。

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「鬼滅の刃13(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

皆さんの「恩人」を思い浮かべてみてください。多くの場合、恩人とは何かを教えてくれた人であるより、信じて任せてくれた人、チャンスを与えてくれた人ではないでしょうか。これを文字通り「有り難い」と感じるのは、信じて任せる、成功と成長を心から信じる、ということが決して簡単ではないからです。

心理学者のエーンリッヒ・フロムは、その著書「愛するということ(紀伊国屋書店)」の中で、愛とは「配慮、責任、尊重、知」であると述べています。そして、それらを持って対象を心から信じることだと説きます。親子でも夫婦でも恋人でも、相手を信じず、いつまでも自分の庇護下に置いておくのは、本当の愛ではなく依存であり、ある種のエゴだとも言えます。その意味で本当の愛とは、研鑽を重ねて身につけるべき「技術」であり、愛するとは努力を伴う能動的な行為だとフロムは主張します。

亡くなった隊員の名前と生い立ちを全て記憶し、その墓参りを1日も欠かしたことがないと言われるお館様。柱をはじめとした剣士たちを「信じる」とき、そこにはまさに配慮があり、責任があり、尊重があり、知があるといえます。これはまさにフロムが言うところの「愛」であり、それは研鑽により身につけられ、常に努力を伴うものであるからこそ、隊員たちはそれを「有り難く」思うのでしょう。

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「鬼滅の刃19(ジャンプコミックスDIGITAL)」より引用

以上、5つのポイントを解説してきましたが、いかがでしたか?

「鬼滅の刃」のリーダーというと、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の主人公、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)を思い浮かべる人が多いかもしれません。私も煉獄さんは大好きですが、リーダーシップを学ぶという点でより味わい深いのは、お館様・産屋敷耀哉 (うぶやしきかがや)です。煉獄さんのリーダーシップは、どちらかというと伝統的なスタイルであるのに対し、お館様のそれはいたって現代的。あまりに現代的なので、私は「お館様タイプスリップ論」を提唱しています。

お館様は重要人物でありながら、人気投票ではあまり上位に来ることはないですが、ファンとしてはもっと注目されてほしいキャラクターです。読者の方はもう一度、そしてまだ読んでいない方は新たにを手にとって、お館様のリーダーシップに注目しながら「鬼滅の刃」を楽しんでみてください。単行本の最終巻はいよいよ来週金曜日に発売です。楽しみですね!

おわり。



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