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2台ピアノ編曲ノート ∀ガンダム

とあるコンサートのために大量の2台ピアノアレンジを進行中のピアニート公爵こと森下唯がその内容について個人的なメモとして書き残すnoteです。アクエリオンEVOLの記事はこちら


なぜ∀ガンダムなのか

まとめて演奏できる形で残したかった。また生演奏で聴くことに喜びが生まれるタイプの楽曲、テーマが多く、かつその際ピアノという楽器に落とし込むことによる利点も大きいと思えた。

さまざまな編成が混在し、使用楽器の幅も大きい劇伴を原曲通りの生演奏で披露することはなかなかに困難なプロジェクトだし、基本的にPA使用が前提となる。しかしピアノ編曲であったら……?

楽曲の素晴らしさ、および原作アニメ自体の多義的な価値については言うに及ばず。原作を知らなくても、音楽だけ取り出して聴いて充分に伝わるものがあるはず。

各曲について

全体は基本的に終曲となる「End title ノスタルジーナ」に収斂させることを前提に構成されている。ちなみにTV版と劇場版の音楽は出版社が違うので別々に許諾を取る必要がありました。難しい!

軍靴の記憶(抜粋)

∀といえばなんといってもこの曲の動機である進軍ラッパの音。未来、宇宙、ロボットの話に古風なラッパと小太鼓、そして「軍靴」のイメージを合わせてくる。それだけで、この作品の世界観はもちろんのこと、「これは普遍の/歴史の/人類の物語です」という宣言のようなものまで感じとれる気がする。

霧の彼方から遠く響いてくるラッパの音、かすかな記憶から浮かんでくる兵士たちの行進。どうしても冒頭はこのイメージで始めたかった。また、全体の構成のため、原曲をよく知る人のために特別な「引き」をつくるという目的もあり、今回は「抜粋」の形で置いた。

White Falcon

リヒャルト・シュトラウスばりの外連味たっぷりのオーケストラ曲。モビルスーツとしての∀ガンダムのテーマ的な位置づけだろう。リッチに響かせるための小技が効いているので、ピアノに置き換えるところに心を砕いた。この曲に関してはサントラとコンサートのライブ盤のふたつの音源が存在していたことが本当に救いで、でなければ耳コピ自体もままならない部分が多かったと思う……。

冒頭の雄大な12拍子から倍テンポのアレグロに移行する部分の設計が実に効果的で、飛翔するような感覚がある。そして英雄的に鳴り響く例の進軍ラッパ! 意気の上がる曲。

Quiet landing

月の女王ディアナが地球に降り立つ場面を描いた音楽。引いては地球からみた月の民、ムーンレイスのイメージを表すようにも感じられる。フランス近代風の響きに合唱も入り、静かで神秘的ながらも壮大な雰囲気。倍の長さのパルスがオクターブで重なる構造がワンアイディアで複数の効果を生んで見事。

ピアノで成立させるには持続音をどう実現するかの翻案が必要な曲だが、こちらは主にトレモロの音色がさまざまなベクトルでフィットしてくれるはず。

Jig

コミカルながら慌ただしく駆け抜ける曲。遊び心に溢れているが一分の隙もないという感覚は、クラシックのスケルツォ楽章などにしばしば覚えるのと同じ種類のもの。短いなかですべてが尽くされている。

速いので大変さはあるが、こういう曲は合奏するとそれだけで楽しいもの。

Black History

「黒歴史」は既に一般名詞として使われるようになって久しいが、出典はこの∀ガンダム。その「黒歴史」、人類の愚かさを俯瞰する音楽。

劇的なソプラノの歌唱とオルガン、オーケストラに、異物感のあるノイズのリズム(あるいは映写機の作動音のようなイメージか)が重なる、絶妙に気持ちの悪い原曲の意図を、ピアノ編曲という形であればある程度は生の演奏に落とし込めるのではないかと考えた。

炎と雨

奥井亜紀の歌唱による、名曲「月の繭」のカップリング曲。「月の繭」と「炎と雨」のシングルって名盤すぎないか? 大丈夫か?

エンディングのカップリング曲という位置づけに過ぎず、そもそも劇中では使用されていないはずだが、サントラ3には収録されている。イメージソングということらしい。しずかに燃え続ける強い愛についての歌で、キエルのテーマとして解釈するのが一般的であるように思う。

バロック風の味付け(オクターブを行き来するベースには明らかにいわゆる「G線上のアリア」への意識が感じられる)、一風変わった楽器編成や半音ずつ上昇する転調(ひたひたと満ちてくる感情を思わせる)、短調と長調の交代など、多様なアイディアが絡み合い、全体としてかなり独特な音楽に仕上がっている。

∀をやるならぜひとも奥井亜紀の歌はひとつは入れたいと考えたが、月の繭でも限りなき旅路でもなくマイナーなこの曲を選んだのは、この独特なスタイルが器楽編曲で聴くのに最適と考えたため。2番サビ終わりの短調への解決のパワーを会場で体感してほしい。

奥井亜紀の談によれば、月の繭のオーディションで選ばれたあと、菅野から「あなたが歌ってくれるならもう1曲書く」と言われ、もちろん喜んでお願いした、そうして出てきたのが炎と雨であったとのこと。「どんどん転調する感じとか、自分で作った歌みたいに思えるでしょう?」などと言われたそうで、シンガーソングライターとしての奥井の作風をイメージした曲でもあるということのようだ。

End title ノスタルジーナ

思い出のモチーフが次々に登場するメドレー曲。メドレーというものに何ができるかを示すような名曲だと思う。たとえばシェーンベルクがメドレーという形式について、最も知性に欠けるくだらない音楽である、というようなことを書いていたりするように、総じてクラシック的な視点からは過小評価されがちなのがメドレーだが、どんな形式であろうとすぐれた意図によって磨きをかけることは可能。

炎と雨から冒頭曲「Felicity」への調性の噛み合い方は気に入っているポイント。ちなみにサントラ3の曲順にもこのつながりは(Felicityではなく別アレンジバージョン「さびしいキエル」への流れだが)利用されている。

「軍靴の記憶」の後半が登場してからのクライマックスが、今回の編曲を曲集としてみたときに肝となる部分。満を持して、という盛り上がりを期している。

ラストはピアノ編曲だからこそPA等もなしに繊細な表現が可能になる部分だが、スケール感を失わず充分に表現できるかは演奏次第といったところ(当然、期待してほしい)。

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