見出し画像

2台ピアノ編曲ノート シムーン

とあるコンサートのために大量の2台ピアノアレンジを進行中のピアニート公爵こと森下唯がその内容について個人的なメモとして書き残すnoteです。前回のノート(赤毛のアン)に続いて今回はシムーン……シムーン!? そう、アニメの、SIMOUN って綴るほうのシムーンです。


なぜにシムーン?

好きだから。実際のところものすごい名作なんですよ……。しかもそれがまた、ギリギリ進行と行きがかり上の座組みが化学反応を起こし、スタッフの熱意と創作意欲が暴走してとんでもないことになってしまった、みたいなアンバランスさというか、何かの計算違いが重なった末に産み落とされてしまった怪作、といった空気を濃厚にまといつつ、しかし刺さる人には異常に刺さり、熱烈に支持する人が(少数ながらも)後を絶たない、そんなアニメ。

人がみな女性として生まれ、成人に際して改めて自分でその後の性別を選択する、という特異な生態を持つ大空陸という惑星を舞台に、神の乗機とされる飛行機械「シムーン」を操る巫女として生きる少女たちの姿を描いた群像劇。シムーンが空に描く軌跡には特別な美しさと力が備わっており、神に祈りを捧げるための祭具として用いられていたのだが、戦争が始まるとその力は否応なしに兵器として利用されるようになってゆく……。設定てんこ盛りのSFであり、なかなかシビアな戦争ものであり、それでいて普遍的な青春のきらめきと喪失について鮮烈に描いた作品でもある。

音楽の評価も高い。作曲は大御所とも言うべきベテラン、佐橋俊彦。メインテーマともいえるタンゴの響きは、シリーズの印象を決定づける強度を持っており、ちらっとでもこの作品に触れた人ならばシムーンの異様な造形とともに深く記憶に刻まれていることだろう。音響監督をつとめた辻谷耕史のセンスも光っており、監督の西村純二によれば、音楽の方向性について決めかねている様子だった佐橋が、辻谷の「メインテーマにタンゴはどうですか」という提案を聞いた途端に腑に落ちた様子を見せ、俄然乗り気になったのをよく覚えているとのこと。西村はこの自作品のサウンドトラック盤について、佐橋の最高傑作と思っている、と公言するほど気に入っており、2024年現在でもたまに車などで聴いているらしい(ご本人からうかがいました)。

「舞曲集」について

なんといってもこの作品の音楽といえばタンゴとワルツが双璧であり、全体としても様式感というか、伝統的・格調高い雰囲気が漂う。物語としては、構築性や大きな流れよりも群像としての濃やかさ、シーンごとの詩情に重きが置かれているので、たとえば巨大な序曲のような形式よりももっと小粒な部分が連なるようなものが相応しい、ということも考えれば、自ずと「舞曲集」として編みたいという気持ちが高まる。本来的には「組曲」といえば「舞曲組曲」のことなのである。「シムラークルム宮国」という国を舞台に、国を守る戦争をする話でもあったとなれば、これはもう「シムラークルム舞曲集」としてみたくなるのが人情というもの。

というようなことで、実はいちどソロ用に同タイトルで編曲していた。7年ほども前のこと。ただ、選曲も編曲ももう少し突きつめられるのではという思いが残っていた。重要なタンゴやワルツにしても、なんとか形にはなっているけれど、気持ちよく舞曲のリズムに乗るというよりはかなり超絶技巧みたいな方向性で無理をしている感じもあった。

そこにきて2台ピアノの編成で自編曲を実演できる機会が舞い込んだ。これはもしかするとシムーンにリトライするチャンスなのでは? 技巧的な無理の解消……そして、アウリーガとサジッタ……そう! シムーンはふたり乗りなんだから、もともとデュオにすべきだったのだ!

各曲について

舞曲の種別を明記するのが舞曲組曲。明らかにもともとその舞曲として書かれたものは迷わずタイトルとしたが、「舞曲集」と言い張るためにやや強引に名乗らせているものもある。何しろシムラークルム宮国のある世界は地球とは違うのだから、名前が同じで中身の少し違う舞曲形式があったってよいだろう。そして中には架空の舞曲名もある。既存の舞曲形式にぴったりくるものがなかったので……。

Allemande 女性国家 第一楽章:旧人類

第1話でいきなりこの「第1楽章」から「第4楽章」まで名のついた古典派交響曲のような(あくまで響きの上での話、形式的には交響曲ではない)音楽をかけ続けるというぶっ飛んだ音楽の使い方をしてくるシムーン。その第1楽章がこれ。

伝統的な舞曲集の1曲目はアルマンドだろう。さすがに原曲はアルマンドじゃないけど……という葛藤のもと、形式としてアルマンドに近づける編曲を施したうえで、時代を経て変化を遂げた姿であるという体裁で収録。「旧人類」ということは女性国家の成立前を意味するのだろう、失われた伝統と様式を感じさせる高貴な音楽。

ソロ版では採用を見送っていたが、今回の再選曲により重要ポジションに。アルマンドとして置いたことも含めて個人的な納得度は大幅アップ。

Valzer 歴史は語る

シムーンを代表する劇伴その1(というより言ってみればNo. 2)、ワルツ! 代表格No. 1であるタンゴと共通する要素も複数使い(調や和音、メロディーなど)、関連付けて作られている。遺跡でまるまるかかるシーンの演出にはたまげた。通しで使われる前提で書いたのかつい筆がのったのか、展開や終わり方まで含め曲として立派に成立しているので、すべてそのままにトランスクリプションした。ソロ版を拡充した形でもあるので、より原曲に迫れていると思う。

出だしのスローワルツ感と仄暗さ、中盤でテンポアップした先に広がる心地よさ、堂に入ったクライマックス、どこをとっても名曲と言って差し支えない魅力にあふれている。何よりメロディーがいい。

Barcarola 微かなる恋の心

揺れる心、リズムとしてはぎりぎり舟歌と言えるはず。綴りをどうするかは迷った。舟歌は形式的に正確には舞曲とは言いづらいところがあるから、なるべく一般的でない、特別に舞曲としてこう呼ばれるのだ、みたいな言い訳がききそうな綴り……。

原曲は極めてシンプルな構成ながら、気の利いた和声もあって舞曲としては必要十分と思え、そのまま採用した。今回の2台版で新たに選んだ曲。高音で繰り返される単純なパターンが重要なつくりなので、音が多くなくてもソロでは表現しづらいタイプの音楽ではある。

Pastoral 田園

タイトルからして Pastoral とするのに相応しい。舞曲か?といわれるとこちらも微妙な形式ではあるが、重要な曲であることも加味すれば入れない選択肢はない。

作中のオルゴールにも採用されている素朴で美しい旋律は、大空陸という舞台の自然を象徴し、空間的、時間的な広がりを感じさせてくれる。

シンプルな形式を崩すにはなにかオリジナルの展開を加える必要があるが、それはこの旋律に対して相応しくない扱いであると感じたため、基本的に構成はそのままにして、ピアノでこそ活きるようなオブリガートを加えるなど、部分ぶぶんの中身の工夫によって変化に富んだ音楽にきこえるよう努めた。

ソロ版を下敷きにふくらませたもの。

Motoris 哀しみのシムーン・シヴュラ

重厚な5拍子の音楽。音楽のバランス面でも印象の深さの面でも選択肢として有力であり、何より繰り返される特徴的なリズムからして舞曲というに相応しい……が、ぴったりくる舞曲名は思い当たらなかったので、シムーンの動力機関であるヘリカル・モートリスから(「モーター」のラテン語風な読み替えであろう)Motoris を舞曲名として拝借した。乗り物の名前や動きをもとに名付けられる舞曲は多いものだし、5拍子は螺旋や回転を表すときにしばしば用いられるので。

こちらも今回新たに選曲。2台あるからこそ無理のない譜面にできるタイプ。音楽的な要素は複雑ではないが、効果的に組み合わされて展開がつくられているため、原曲重視の上でピアノとして必要なもののみを補う形で構成した。

デジタル浄書なので別にぜんぶ書き込めば問題ないんだけど、譜面にわざと "simile" (シミレ、同様に)の指示を書いてあるの、シムーン既習のピアニストがみたらネタとして何かしら通じるはず。

Tango 妖艶なる絆の響き

シムーンといえばこの曲、というくらいの作品。どう組曲を構成しようとラストはこれに決まっている。メインテーマ的な扱いということもあり、作中でもさまざまにアレンジされているため、やや原曲から自由になる部分を織り込んだ。

2台になったことで無理が少なくなり、かつリズムセクションの役割をある程度意識した書き方をしやすくなった。

終わり方は悩みどころ。構成的に原曲どおりにはいかないが、それでもあのタンゴらしい潔い着地は踏襲するか、それとも……

ソロ版とはそのあたりなどもやや変更してある。吉と出るか凶と出るかわからないが、個人的な満足度はかなり上がった。

ということで次回は∀ガンダムについて書きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?