見出し画像

【試し読み】3話連続公開! 第3話「心霊スポット」(『ラストで君は「まさか!」と言う 傑作選 トパーズの誘惑』より)

累計35万部突破の大人気シリーズ『ラストで君は「まさか!」と言う』が、ついに文庫化されます! シリーズのなかから傑作だけを選び抜いた、衝撃のラストが楽しめるショート・ストーリー集です!今回はそのなかの1篇、「心霊スポット」を無料公開します。

【心霊スポット】

三十代半ばのふたりの男が、小さなバーを開店した。

五人掛がけのカウンターのほかに、ふたり掛けのテーブルがひとつというせまい店だが、バーを開くことはふたりの大学時代からの夢であり、それが叶ったのである。

「ついにやったな」

「うん。まあ、これからが勝負だけどな」

ふたりの店は、大通りから少しそれた路地裏にある。

ふたりが生まれるよりずっと前に建てられた古いビルは、洒落たレンガづくりで、これまでに見た物件の中でもっともイメージに近かった。そのうえ、想定していたよりもはるかに家賃が安い。ふたりは即決した。

しかし、店を始める時に重要なのは、もちろん建物だけではない。バーを開くのにふさわしい立地かどうかについて、ふたりはリサーチ不足だった。

開店から半年ほどたっても、友人たちがたまに遊びに来るだけ。ふたりが待ち望む、通りすがりにふらっと立ち寄る客などほとんどいない。

それもそのはず。このあたりは、家族連れの多い住宅街であり、近くの名所といえば、昔ながらの陰気な墓地くらいだ。そんなところで、夜にひとりでバーへ行こうという人は、まずいないだろう。

「まいったなあ。このままじゃ、店を閉めるしかなくなる」

「うーん、近くに何か人の集まるおもしろい場所でもできればいいんだけど」

「このへんじゃ、あの墓地くらいしかないからなあ。昔はよく怪奇映画やドラマの撮影に使われたって聞いたことがあるけど、今さらそんなことで人は来ないし」

「いや、待てよ。もうすぐ夏だし、あの墓地が心霊スポットとして噂になれば、肝だめしがてら人が集まるんじゃないか? そしたら、墓地の近くに看板を出してさ。

シロップの代わりにリキュールをかけたかき氷でも用意したら、きっと人気が出るよ。このへんじゃ、ひと休みできる店なんてほかにないんだから、みんなここへやってくるだろうし」

「いいね! でも、どうやってあの墓地を、今さら心霊スポットにするんだい?」

「そこなんだよなあ」

ふたりは考えた末に、心霊スポットめぐりをしている人のSNSを見つけ、近くの墓地に幽霊が出るという噂があるので調べてほしいというメッセージを送った。

すると、次の日には、来週末に墓地へ行ってみるという返事が届いた。

「よし! この日が勝負だ。おれたちが先に墓地へ行って隠れている。そして、人が来たら、視界の先をさっと横切るんだ。白い着物なんか着てさ。暗闇なんだから、それだけで十分だろ」

「うーん、そんなにうまくいくかなあ? で、どっちが白い着物を着るの?」

「お前だろ。おれ、結構体格がいいからな。ちょっと華奢なほうが幽霊っぽいだろ」

「それって、幽霊に対する偏見のような気もするけど……」

そして、いよいよ当日になった。

例の墓地の墓石のかげにしゃがんで、量販店で買った幽霊コスプレ用の白い着物を着た男が、もうひとりの男に何やら耳打ちされている。

「いいか、全身をすっかり見られたら、いくら暗闇でもさすがに人間だってことがばれちまうから、墓石のかげからちらっとだけ見えるとか、工夫をしろよ」

「わかった。で、お前は何するの?」

「おれは、木の枝を揺ゆらしてガサガサと音を立てる」

「それだけ?」

「ああ。効果音っていうのも大事だろ?」

「そうかもな。でも、こんなことしていいのかな?」

着物姿の男が、真っ暗な墓地を見渡しながら言った。

「なんだよ、今さら。いいも悪いもないだろう?」

「だって、ここは墓地なんだぜ。こんなところでこんな格好して、本物を呼び寄せちゃったら……」

着物姿の男は、言いながらぶるっと身震いした。

「そりゃ、お前、ものすごくラッキーだろ! 本物のほうがインパクトあるに決まってるんだから」

そこへ、話し声と足音が聞こえてきた。例のメッセージをくれた人が、仲間を誘って三人一組でやってきたようだ。

「よし、作戦スタートだ!」

白い着物を着た男が、やってきた人たちの進路を先回りして、墓石と墓石の間をさっと走り抜けた。

「キャアッ! 今、何か白いものが通りませんでした?」

「うそっ!」

体格のいいほうの男は墓石のかげに隠れたまま、必死で笑いをこらえる。

よしよし、なかなかいいぞ。あいつ、結構やるじゃないか。さて、そろそろおれの番かな。

立ち上がって枝を揺らそうとした時、着物の男がいるあたりから、何やら大きな鈍い音が聞こえた。続いて、

「キャーーーーーッ!」

と耳をつんざくような悲鳴がしたかと思うと、三人組がものすごい勢いで転がるようにして逃げていった。

いったい、何があったんだ? 

目を凝こらすと、少し離れたところに、着物姿の男がぼーっと突っ立っているのが見える。

あいつ、あれほど全身を見せるなって言ったのに。でも、なんだか様子が変だぞ。

まさか、あいつが言ったように本物が現れたとか……?

「おい、いったいどうしたんだ? なんとかうまくいったからよかったものの、あの人たちの目の前で全身を見せるなんて、ニセモノだってバレたらどうするつもりだったんだよ」

言いながら近づくと、男の白い着物が赤く染まっているのに気がついた。心なしか顔も青白く、いかにも幽霊っぽい。

「お前、そんなメイクまで用意していたのか! かなり本物っぽいな!」

すっかり感心したもうひとりの男が言うと、着物姿の男はこう答えた。

「いや、正真正銘本物だよ。さっき、そこで転んで墓石に思いっきり頭を打っちゃってさ。おれが本物になっちゃったんだ」

★お読みいただき、ありがとうございました。

★ほかの作品もございます。ぜひ、製品版でお楽しみください!