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言語学者 [ 金田一春彦 ] 覚書

金田一春彦

きんだいち はるひこ

金田一 春彦は、日本の言語学者、国語学者、邦楽研究家。国語辞典などの編纂、日本語の方言におけるアクセント研究で知られる。文学博士。栄典は勲三等旭日中綬章、紫綬褒章、瑞宝重光章。 その他の表彰歴として文化功労者、東京都名誉都民など。 父の京助も文学博士で日本学士院会員。
ウィキペディアより引用

生年月日: 1913年4月3日         死亡日: 2004年3月19日, 山梨県 甲府市

金田一の日本語動詞分類 1

金田一春彦さんと言えば、一般には国語辞典の編纂者としてよく知られた方ですが、実は、戦後間もない頃に、日本語の動詞・助動詞に関して画期的な論考を発表しています。「国語動詞の一分類」と題された1950年の論文の中で提唱された動詞分類を紹介します。

·         状態動詞: 事物の状態を表す

    ある、いる、できる(可能)、要する、値する、etc.

·         継続動詞: ある時間継続して行なわれる種類の動作・作用を表す

    読む、書く、笑う、無く、散る、降る、etc.


·         瞬間動詞: 瞬間に終わってしまう動作・作用を表す

    死ぬ、(電灯が)つく、触る、届く、決まる、見つかる、始まる、
    終わる、到着する、etc.


·         第四種の動詞: 時間の概念を含まず、ある状態を帯びることを表す。

    そびえる、優れる、おもだつ、ずば抜ける、ありふれる、
    馬鹿げる、似る、etc.

英語の単純形と進行形の峻別と同様に、日本語でも、動作動詞で現在進行中の動作を表す場合、単純形ではなくテイル形にしなければなりません。

1.    うちの子は今公園で遊んでいる。

2.    ×うちの子は今公園で遊ぶ。

それに対して、状態動詞はテイル形にしなくても現在の状態を表すことができます。

3.    リンゴがテーブルの上にある。(cf. ×あっている)

4.    子供たちは今公園にいる。(cf. ×いている)

と、ここまでは英語と共通ですが、異なるのは瞬間動詞の場合です。

5.    その男は死んでいる。

6.    その部屋には灯りがついている。
(cf. お客が次々と到着している。)

瞬間動詞がテイル形と結びつくと、動作の進行ではなく、動作の完了(その後の状態)を表す表現になります。ここが、英語の進行形と異なるところです。(因みに、cf にあるように、《動作の繰り返し》を意味するように文を変えてやると、完了ではなく、その繰り返しの進行を表します。)この秘密は、テイルという形式が、実は完了の助動詞タの連用形と状態(補助)動詞イルの合成表現になっていることにあります。つまり、「死んで」「ついて」のテでもって状態変化の完了を表し、イルでその後の状態を表すという分業表現になっているのです。

「じゃあ、継続動詞の場合はどうなの?」という疑問の声が上がりそうです。継続動詞の場合だと、テイル形は《進行》と《完了》の両方を表せます。

7.    彼は今公園を走っている。(進行)

8.    僕たちはもう十分に走っている。(完了)

なぜ同じテイル形なのに、継続動詞の場合は《進行》と《完了》という異なった2つの意味を表すことができるのでしょうか?これには、継続動詞の表す事態に状態変化の点が2つあるということが関わっています。それは動作の開始という状態変化と動作の終了という状態変化です。

 

テが前者と結びつけば、動作が始まって進行中ということだから《進行》の意味になり、後者と結びつけば、動作が終わった後ということだから《完了》の意味になります。

ここで重要なポイントは、テイル形のテは《動作の完了》ではなく《状態変化の完了》を表すということです。通常のタの用法(終止形)だと、9 のように動作の完了を表すケースが圧倒的に多いので、なかなか気づきにくいですが、それでも、状態変化の完了を表す 10-12 のような例はあります。

9.    私はもう10キロも走ったよ。(動作の完了)

10. ほら見て、ほら。馬が走った、走った。(動作の開始)

11. ほら、見て、見て。富士山が見えたよ。

12. あ、時計はこんなところにあったよ。

10 は、例えば、今まで草を食んでいた馬が急に走り出したところだと考えてみます。このようなときは、走る動作が終了していなくても、10 のように言うことができます。これは、タが、走っていない状態から、走っている状態への変化の完了を表すのに使えるからです。また、11 と 12 のようなタの使い方については、「こちら、フルーツパフェになります」に書いた《主観性の投影》としての状態変化の完了といふうに考えれば納得がいきます。がその話はここでは省かせていただきます。

このように、テのもとになっている助動詞タに状態変化の完了を表す意味があるので、テイルにそれが継承されてきて、継続動詞においては、テイル形が《動作の進行》と《動作の完了》という二つの意味を表すようになりました。

補 足

因みに、標準日本語には、進行表現はテイル形しかありませんが、西日本(中国・四国・九州)各地の諸方言にはヨル・トルの2形があり、前者は純粋の進行表現になります。

                                i.        雨が降りよる。(進行)

                               ii.        雨が降っとる。(進行 or 完了)

ヨル・トルは、標準日本語からは外されてしまった存在動詞オルを用いたアスペクト表現で、それぞれ「~しおる」「~しておる」が訛った形だと思われています。つまり、テを含む形と含まない形が共存しているのです。

もう一つ、ついでに言うと、九州では(どのくらいの範囲でなのかは知らないが)アルもテイル形になることがあります。(テイル形だけではなく、ヨル形・トル形にもなります。)

                              iii.        ×その部屋では今、会議がある。

                              iv.        その部屋では今、会議があっている。

                               v.        その部屋では今、会議がありよる。

                              vi.        その部屋では今、会議があっとる。

                            vii.        ×テーブルの上にリンゴがあっている。

iii からわかるように、アルの主語が、イベント(e.g.「会議」「授業」「コンサート」「祭り」)を表す名詞の場合、アルが動作動詞化します。だから、テイル形をとるのは別に不思議なことではありません。(vii にあるように、普通の物体ではダメです。)主語がイベント名詞の場合にアルが動作動詞化するのは標準語でも同じなわけだから、それがテイル形にならないというのは不思議ですね。


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