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トラウマ出産レポ①地獄の前駆陣痛

2022年4月。
はじめてのお産で、妊娠期間中の脳内お花畑浮かれポンチ状態から地獄へ叩き落とされました。産後すぐ、ハイ状態の中で、二度とこんな苦しい思いをしないようにと、忘れないように必死にスマホにメモを書き残しました。それらを産後数ヶ月後にまとめたものです。今思い返すと、そこまで大変な出来事でもなかったかな、と一瞬思いましたが、いやいや大変な出来事でした。

結婚して5年。
不妊治療クリニックを経ての待望の赤ちゃんでした。
高齢出産に入る年齢なのでたくさん不安はあったけど、妊娠中はつわりも体調不良もほぼなく、人生で一番美肌になり毎日ご飯が美味しかったです。
気持ち的にもハイな感じで、脳内お花畑でただただ幸せに浮かれていました。

人生で一番幸せだ、一生妊婦がいいと毎日思っていました。
里帰り出産だったので、猫たちと2ヶ月ほど離れ離れにならなくてはいけなくて、寂しくて寂しくて不安でいっぱいでした。
コロナも流行っていたので、一度帰るともう自宅へは帰ってこれない状況でした。お出かけもほとんどできず、ひたすら近所を一人で歩き回る日々。

早く京都に帰りたかったので、早く生まれますようにと雨の日以外1万歩歩く。
予定日の1週間ほど前からお腹の痛みが出てくる。
陣痛にも種類があって前駆陣痛と本陣痛があり、前駆陣痛は出産につながらない陣痛だとかで、「痛い!」となっても、10分以上また間隔が空くようならそれは前駆陣痛。
本陣痛の練習みたいなもん、と認識していました。
前駆陣痛だと産院にはいけないのだそうです。

4月6日。
朝から前駆陣痛が始まる。
お腹が痛くて何回か目が覚めた気がする、程度。
「ん?これはもしや」と思いながらも寝ていられる状態なので様子を見る。「ほんまにお腹痛くなるんや。。」と不思議な感じ。
日中、トトロを見ながら寝たりしたけどお腹が痛くて目が覚める。散歩に行ったりして気を紛らわせる。これで練習かと、本番はどんだけ痛いんやろうかと、ビビりまくる。

7日夜。
全然寝れないくらい痛い。
どんな痛みかというとナイフでグサーーとお腹を刺されるような痛み。それが私の場合は10分間隔とか5分間隔でしばらく続く。
毎回グサーーと刺されるような激しい痛み。1分くらい続いて、サーっと去っていく。1時間に何回か痛いのが、ずっと続いて、たまに30分とかあく。これがずっと続く。
すでに地獄です。
寝るのを諦めてご飯を食べたりするとちょっと痛みが遠のく。でもまた激痛が数分間隔でやってくる。
散歩に行ったり、夫にLINEで愚痴ったりして過ごす。まだ余裕あり。

4月8日。
10分以内で続けて激痛がやってくるのに、ふっと時間が10分以上空いたりするので産院に電話できない。
もう丸一日まともに寝れていない。
8日の午前中、いつまで続くのかパニックになり、たまらず産院に電話したが、やっぱり10分以上空くので様子見を伝えられる。休める時に休んでくださいと言われるが無理です。そんな時間はなかった。うとうとしたら、腹を刺される痛みで飛び起きる。
あれだけYouTubeで陣痛の乗り越え方とか呼吸法とか色々勉強したのに、ただただ深呼吸するだけで精一杯。力を抜くとか「は?」って感じでした。できない。
お昼に散歩に行くも、相当痛いのがどんどんくるので家に帰る。
でも帰ったら何故かまた引っ込む。この日は夫が京都からやってきてマッサージをいっぱいしてくれて泣き言を聞いてくれました。
夜、夫が帰った後少し痛みが落ち着く。
が、その夜もう痛すぎてわけわからなくて意識朦朧としてくる。
丸二日ほとんど眠れずずっと痛い。

脳内お花畑から一転、もう耐えられない、痛すぎる。私には耐えられない、親になる資格がない、無理だったんだとメンタルが崩壊していく。
10分以内での激痛なのに、たまに12分とか空くので産院に連絡できないのと一人で耐えないといけない孤独に(深夜なので親は寝てます)、どんどん不安が募っていく。
横になったり、上向きで寝ると特に激しく痛んだ気がした。
が、寝たいのでそうすると、数分間隔で刺すような痛みに飛び起き、収まるまで深呼吸を繰り返した。

9日の午前3時。
もう疲れ果ててパニックになり夫にLINE。
陣痛がこんなに痛いとは思わなかった。
今から無痛分娩にしたい。(産院は無痛分娩対応不可)産める自信がない。
これより痛い思いするのがとにかく怖い。
5分間隔で続くのに途切れるから産院に連絡することもできない。
地獄の苦しみだと泣き言を伝えて、痛すぎて痛すぎてもう無理だと、「産院に電話していい?」と聞いて夜中3時に電話をする。泣きながら。

助産師さんが対応してくれてうんうんと聞いてくれ、一回進み具合みてみようか?帰ってもらうことになるかもだけどと、言ってもらえた。
母を起こして入院セットも持ってタクシーで向かい3時40分ごろ産院に到着。
泣きながら助産師さんに診察してもらう。子宮口は2センチくらいでまだまだ。でも何か(産道やったかな忘れた)はめっちゃいい感じに準備できていて陣痛が進めば今日のお昼までには産まれるかもね、と入院決定。
母は一度帰宅。

心底安心した。
助産師さんに、5分間隔で痛くても散歩して歩き回ったりして4日間耐えたからここまで準備ができてたんだと思うよと言われ、ちょっとだけ救われる。
その日は満床で忙しかったらしく、ここからまた一人孤独にどんどん強くなる痛みと闘う。
寝ても座っても激痛なので立ってやりすごす。

眠いし意識朦朧。
血圧が高めだったので部屋の電気を暗くされて、ただただ耐える。
ひとりなのが辛いのと痛い時って誰か(助産師さん)に摩ってもらえたりしてもらえると思ってたけど、コロナ禍もあり基本ひとりなのでどんどんメンタルがやられていく。
寝れるほど間隔は開かないし、うとうとしたらまた刺すような痛みに襲われるのでまたまたパニック。
そうこうしているとじっと座っているとちょっとだけ陣痛がこないようになることを発見。もう痛いのが怖すぎて、ただただ同じ場所にじっと石像のように座ってやり過ごす。
が、またビッグウェーブで飛び起きる・・・を、繰り返し、恐怖で泣きながらナースコールを押す。

毎回のビッグウェーブが恐怖で仕方なくなり、あとどれくらいなのか先が見えない不安を助産師さんに話すと、もう一度内診してもらえることに。
お産はまったく進んでおらず、陣痛がどんどんくるなら今日のお昼頃かな、という感じだったのがまた先が見えない感じに。
それもまた悲しいけどとにかく痛みが怖くて怖くて、産める自信がないとこれ以上痛いのは無理だとパニックに。
その助産師さんは10ヶ月お腹で育てたんだから絶対産めるよ。大丈夫。と言ってくださったがもうパニックだからとにかく怖い怖いしか言ってなかった。

と、そうこうしているうちに朝ごはん。
痛くてほとんど食べられず、山に登ったことのない人が富士山登るようなもんなんだからもうちょっと食べなよ、と言われるが結局食べられず。
そのあと先生が到着して、血圧が高めだからサポートしながら進めますねとそんな感じのことを言ってくださり、よろしくお願いしますと答えてまたひとり耐える時間へ。
痛みも辛いけど孤独が本当に辛かった。
コロナが憎かった。(つづく)

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