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子供は本当にカレーが好きなのだろうか?(カレーのパースペクティブ#7)

日本には、「こどもはみんなカレーが大好き!」という漠然とした前提があるように思えるが、子供は本当にカレーが好きなのだろうか。

確かに子供は、カレーと聞くと目の色を変えて半狂乱し喜んだりする傾向が見られるが、子供=カレーというイメージは何者かに作られたものだという可能性はないだろうか。

大人や大企業の陰謀によって、いつのまにか子供はカレーが好き、ということにされていたりはしないだろうか。

戦後しばらくの日本では「子供用のカレー」なるものは存在せず、大人も子供も同じカレーを食べていたという。ならば、いつからどんな理由で子供用のカレーは生まれたのだろうか。

また、素朴な疑問としてインドでは基本的に多くの料理にスパイスが入り、多くの場合唐辛子も含まれるが、子供の離乳食などはどうしているのだろうか。

先日行われた第7回「カレーのパースペクティブ 」では、「子供とカレーの親和性」というテーマで対話を行った。

カレーのパースペクティブとは?
カレーについて考える人なら誰でも参加可能な対話イベント。カレーについて、「対話」を通して様々な角度から探究していきます。

■バックナンバー■
#1 こじらせた男はなぜスパイスでカレーを作り始めるのか?
#2なぜ人はカレーで感動するのか。「心のカレー」とは何か?
#3カレー×TRIP|なぜ人は、カレー屋巡りにハマってしまうのだろうか?
#4カレーで結婚した話
#5カレーのボキャブラリー
#6これからのカレー・カルチャー・コミュニティとは with かりい食堂

このnoteは、「カレーのパースペクティブ 」プロジェクトにおいて行われたカレーにまつわる哲学対話の個人的なアーカイブである。


Q:子供は本当にカレーが好きなのだろうか?


話題提供:天野美和子さん

今回はプロジェクトメンバーである天野美和子さんより「カレーと子供」をテーマにお話を伺いました。天野さんは保育や子供の専門家であり、その観点からカレーと子供について研究されている。「カレーZINE」にも『知る人ぞ知る華麗なるカレーの話』というタイトルでご寄稿をいただいた。

カレーといえば子供が大好きな食べ物というイメージが強い。また、家庭でもよく作られる定番メニューということで、幼少期の思い出とカレーが結びつくという人も多いのではないか。第二回「心のカレーとは何か?」の回でもそのような話が多くあがった。給食や家庭の定番メニューであることに加え、絵本や児童書、手遊び・歌にも登場するなど、子どもの周辺には〝カレー〟をモチーフにしたものが沢山あるように思える。

以下にいくつか例を挙げる。


保育園や幼稚園でのカレー
保育園や幼稚園、学校給食ではカレーはいうまでもなく定番メニューとして扱われている。毎月のお誕生日会のメニューであったり、食育の一環としてとして子供たちと一緒に調理するメニューとしてもよく選ばれている。

手遊び・歌におけるカレー
手遊びや歌、エプロンシアター(エプロンのポケットを鍋に見立て、野菜のぬいぐるみを出入りさせたりしながらお話をする遊び
)でもカレーが題材とされたものがいくつかあるという。

・『カレーライス』(作詞:ともろぎゆきお 作曲:峯 陽)
    ♬にんじん たまねぎ じゃがいも ぶたにく…

・『カレーライスのうた(作詞:関根 栄一 作曲 服部 公一)
    ♬くちがろろろ やけるよハアー…カーカカカカカカカレー…


絵本・児童書におけるカレー
現在子供たちの間で爆発的な人気を誇るポプラ社の児童書に『おしりたんてい』というものがある。『おしりたんていカレーなる じけん』(作・絵:トロル、ポプラ社)では、貴重なスパイスが盗まれてなんだか大変なことになる。子供の時からすでに、「スパイス=貴重品」としての刷り込み教育が始まっている!
他にもカレーライスを題材とした児童書や絵本は結構多い。

・『カレーライス』(作・小西英子、福音館書店)
・『パパ・カレー』(作・武田美穂、ほるぷ出版)
・『かえるとカレーライス』(作・長 新太、福音館書店)


アニメキャラクターにおけるカレー

アンパンマンに登場する仲間たちにもカレー系のキャラクターが登場する。解説はWikipediaより。

カレーパンマン 
頭部はカレーパンで出来ている。決めゼリフは「辛さ100倍、カレーパンマン!」性格はかなり短気不器用で女性や幼い子への扱いは苦手としているが、人情深く面倒見のいい所もあり子供達からも慕われている。強さとは「辛さ」と考えている。
かれーどんまん
 おいしいカレー丼を食べさせてくれる。厳つい感じではあるが根は優しい。語尾に「ゴワス」をつけて話す。
カレールーくん
 顔がカレーのルーになっている男の子。リュックサックにカレールーを入れている。カレーパンマンの友達。

どうしてカレー丼はいるのにカレーライスマンはいないのだろうか?
などなど素朴な疑問は残るが、こども向けを意図して作られた作品のなかに、カレーを題材にしたものは確かに多いように思える。

それは果たしてなぜなのだろうか?そんなテーマで今回は対話を行った。

・なぜ、子どもの周辺には〝カレー〟をモチーフにしたものが沢山あるのか?
・なぜ、子どもはカレーが好きなのか?あるいは、好きだという前提になっているのか?
・カレーは、そもそも子ども向けのメニューなのか?


対話を通して考えたこと

甘口カレーによる「子供の誕生」

「甘口カレー」って言葉の響き、なんか不自然だ。カレールウのパッケージの表示を見て、カレーなのに「甘口」って一体なんやねん、と素朴な疑問を抱いたことはないだろうか。

カレールウの歴史を振り返ってみると、ハウス食品からバーモントカレーが登場する1963年まで、カレーは辛い大人の食べ物であり、子供用のカレーは存在しなかった。カレーにとって、大人向けだの子供向けだのという区別それ自体がそもそも存在していなかったのである!

1963年といえばオリンピック景気の真っただ中であり、「三種の神器(白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫)」が急速に普及した時期である。日本はそのこと好景気に沸き、目まぐるしいスピードで世の中は動いていただろう。

社会に物が行きわたり始め、家電製品によって主婦の家事の負担も軽減されることで時間の余裕ができ、家族団らんをする余裕ができてきたのがこのころだろう。

そんな時代背景もあり、ハウス食品が「家族で一緒に食べられるカレー」をコンセプトに商品開発を行い、「甘口」を前面に打ち出したマイルドなバーモントカレーが発売された。名前は当時日本で流行っていたという「りんご酢と蜂蜜のバーモント健康法」からとったという。

発売当初は「そんなカレーが売れるわけ無い」と反対の嵐だったようだが、結果は御存知の通りだ。

これ以降カレーに「甘口」という概念が導入され、他社も追随することになった。

これが子供向けのカレーが生まれた背景だが、疑問に思うのは子供っていったい何?ということである。子供というのは何歳までが子供なのだろうか。身体的な習熟と精神的、社会的な習熟は同じとは言えないだろうし、子供みたいな大人も大人みたいな子供も、いつの時代だっているだろう。実はそこにはっきりとした区別はない。

ハウス食品の戦略は、曖昧であった子供という概念を甘口カレーによってあえて区別することによって、これからも長く利益をもたらしてくれる顧客を教育し、なおかつ市場を新たに作るというものだ。

大人と子供をあえて区別した新しいカレー開発によって、日本の家庭に初めて「子供」が作られた、ということができるかもしれない。


アイコン化したバターチキンカレーという存在

「インド料理大好き!でも辛いカレーは食べられないからやっぱりバターチキンカレーとナン!」

というもはやテンプレと化したセリフが示すように、バターチキンカレーはマイルドなカレーの象徴として機能している。

マイルドゆえに、子供用のカレーとしてもバターチキンカレーは重宝されている。子どもの好きな糖分や脂肪分がたっぷり含まれているからだ。

先日、ハウス食品からバターチキンカレーの”食育絵本”が発売された。子供にわかりやすいように絵本の形式でレシピやスパイスの説明をし、付属しているスパイスキットで実際に作ってみることができる。身近なカレーがどうやってできているのかを実際に学んでみるのは、子供の教育にもよさそうだ。

これは幼少期から子供をスパイス漬けにし洗脳することで生涯カレーから離れられなくする、息の長い「種まき」のマーケティング施策として、かなり有効なものかもしれない。


インドの離乳食事情

インドにはそもそも「カレー」なんてものはないが、「甘口カレー」などというものはもっとない。では、インドでは子供にはいつからスパイスを食べさせるのだろうか?

こちらの記事を参考にすると、最初はスパイスを使わない離乳食を与えているものの、生後八か月を過ぎたころからスパイスを食べさせ始めるらしい。とはいっても辛みのあるチリとブラックペッパーは除き、ターメリックやクミン、コリアンダーなどのベーシックなものを少しずつ食べさせたりするようだ。

スパイスで辛いものはほんの少数。ターメリックは料理に使うだけでなくけがに塗ったりするなど、インド人的には日々の暮らしの中に自然に取り入れられているものだ。だからむしろ積極的に取り入れたい食材のようだ。

そして辛みのあるスパイスも1歳から2歳児のころには与えられるようになり、大人と同じ辛い料理も平気で食べる人もいるらしい。ただもちろんこれは個人差があり、インドで辛いものが全く食べられないインド人に会ったこともある。そのあたりはさすがにどうしようもないようだ。

自分にとっては辛いカレーや苦いコーヒーを飲めることがある意味一人前の大人になるという通過儀礼だった。インド人にとって、子供というのは存在しないのだろうか。


こんな感じで、カレーのパースペクティブ#7は終わりです。
#8と #9も随時まとめていきます。


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