推しのアクキーとの物撮りのフォーカスに関する研究
序
推し活アイテムの1つとしてアクキー(アクリルキーホルダー)とかアクスタ(アクリルスタンド)と呼ばれる、推しの姿が印刷されたアクリル板が売られている。何に使うのか。鞄などの持ち物につける、部屋に飾るといった用途のほかに「外出先で撮る写真にアクキーが映りこむようにする」というのがある。典型的には外食時の写真である。撮ってどうするかというとSNSに投稿する。推しが二次元でなく実在している場合は推しに対する(食事の)報告という体をとり、推し本人がSNSをしているケースではその投稿に「いいね」をしてくれたりすることがある。
その一連の行為が一体何なのか、当事者以外にはよくわからないと思うが、というか、実のところ書いている私もあまりよくわかっていないが、とにかくそういう文化というか奇習がある。その歴史や民俗学的な意味については頭のいい人がこの時代の風俗として後世のために記録してくれるだろうが、この記事のテーマはもっと実践上の話である。つまりこの撮影において
アクキー
一緒に撮る物撮りの対象
の両方にフォーカスを合わせるのが結構難しいということだ。
例えばこの写真はアクキーとヒレカツ定食を撮影したもので、一方はアクキー、もう一方はヒレカツ定食にオートフォーカスで合わせている。アクキーとヒレカツ定食は少し離れている。アクキーにフォーカスを合わせようとするとヒレカツ定食がボケてしまい、ヒレカツ定食に合わせようとすると推しがきれいに映らない。
SNSに投稿するのがこの行為の最終目的なのでこれはちょっと困る。今日の昼はヒレカツ定食だよ、マリリさん…ということが端的に分かる写真が望ましいからである。
この記事で使う用語
ブツ:アクキーとの物撮りにおける、アクキーではないほうの対象。よくあるのは食べ物。
高いカメラ:スマホじゃないカメラ、カメラ沼に沈んだ人々が使う、なんかああいうカメラのこと。ミラーレスかどうかとか、レンズ交換可能かどうかとかは問わない。
記事のゴール
アクキーとブツの両方にフォーカスが合った写真を撮るにはどうするかということについて三通りの方法を述べ、最終的には「フォーカス合成」が有望ではないかという展望を示す。全体を通して、高いカメラを使わず、スマホのみで、かつ追加投資が少なくて済む方法のみに限定する。途中Photoshopとか出てきますがそれは説明のためで、最終的にはフォトショなしで出来ます。スマホはAndroidを前提とする。私がiPhoneではないので。iPhoneだとそんな面倒しなくても一発だよという話だったらなんか悔しい。というかそんなに難しい話じゃないよということであれば教えてください。作例に使っているスマホはすべてAQUOS sense6という、カメラ性能としては何の変哲もない機種である。
対処法1: アクキーとブツを近づける
そもそもなぜ上述のような写真がボケてしまうのかというと、レンズによってフォーカスが合う奥行の範囲(被写界深度と呼ばれる)に限度があるからだ。高いカメラだと「絞り」によってこの被写界深度を変化させられるのだが、いま高いカメラの話はしていない。
フォーカスが合う距離が限定されているならば、アクキーとブツを隣接させれば両方をフォーカスの中に入れることができる。単純な発想である。こんな感じだ。
実はこの写真においてもアクキーの足元やコーヒーカップの奥の方のフォーカスは若干怪しい。けれども推し活でSNSに上げる写真としてはこれで十分といえるだろう。
この方法の欠点は何かというと、写真の構図がアクキーとブツの実際の寸法によって決まってしまうことだ。ブツが大きい場合はアクキーが相対的に小さくなる。とはいえやっぱり推しを大きく映したいじゃないですか。そう思ってアクキーを手前に持ってくると先の写真のように被写界深度を超えて大きくボケてしまう。
したがってこの方法はアクキーとブツが大体同程度の寸法の場合に有効な簡便な手法ということになる。
対処法2: 広角レンズで撮る
現代のスマホにはアウトカメラとして3つ程度のレンズが搭載されているのが普通で、典型的にはメインのレンズの他に望遠と広角のレンズが搭載されている。実はこれらのレンズによって被写界深度が異なり、広角のレンズが一番深い。ということは広角レンズを使って撮った方がアクキー撮影においては有利ということだ。また、絞りの出来ないスマホのカメラにおいては搭載されているレンズによって被写界深度が決まるということなので、スマホを複数台持ちしている人はどれがアクキー撮影に向いているか調べてみる価値はある。
Androidの標準カメラアプリの場合、製品やバージョンによて、使用レンズを切り替えるボタンがついている場合もあるし、それがなければ0.7倍のような拡大率にすると広角のレンズが使われるはずである。
これは先のヒレカツ定食の写真を、同じような位置関係で広角レンズで撮影(して切り抜きを)したものである。
フォーカスはヒレカツ定食の方に合っているが、アクキーのほうも先の写真(メインのレンズを使用していた)と比べてボケの程度は少なくなった。これでもアクキーがフォーカスに入っているかといえば入っていないが、人によってはSNSに上げるのはこれで十分という判断もできるだろうし、アクキーとブツの距離を被写界深度に収まるように調整すれば構図上の妥協点を見つけることもできるだろう。
対処法3: フォーカス合成を行う
ここでフォーカス合成と呼ぶものは被写界深度合成とか他の名前で呼ばれることもある。これの理屈は次のようなもので、フォーカスブラケティング(フォーカスブラケット)とフォーカススタッキングという二段階に分解される。
フォーカスブラケティングは「同じ構図でフォーカス位置の違う写真を(フォーカスを少しずつずらしながら)複数撮影する」こととである(ブラケットは同じ構図で何らかのパラメタの異なる写真を複数撮影することを意味し、フォーカス以外のブラケット撮影も存在する)。
フォーカススタッキングはそのように撮影された写真らを合成し、フォーカスの合っている部分だけを採用する。
そのようにすることでブラケット撮影の段階でアクキーとブツの両方にフォーカスが合っている写真が撮れていれば最終的に両方にフォーカスが合った写真が出来上がることになる。
2024年4月時点でこの両方の処理を行ってくれるAndroid用のカメラアプリは存在しないようである。したがってそれぞれをどう行うかを以降で説明する。
フォーカスブラケティング(OpenCamera)
Androidの非標準カメラアプリで割と有名と思われるOpenCameraにはフォーカスブラケット撮影のモードがある。無料。
このフォーカスBKTという設定が出てこない人はCamera2 APIという設定を有効にする。
Camera2 APIの設定すら出てこない場合はお手持ちのスマホでは対応していないということだと思う。
この撮影モードでユーザーが制御するパラメタは3つある。
手前側距離
奥側距離
BKT撮影枚数
手前側と奥側のフォーカスについてはそれぞれ手前をアクキー、奥をブツに合わせるということになる。残念ながらOpenCameraはブラケット撮影のときにはオートフォーカスができないのでスマホの画面をよく見ながら手動で合わせる必要がある。これ意外と難しい。アクキーを手持ちで撮影する場合はアクキーのフォーカスについてはいったん仮で合わせた後、撮影する段階で手の方を動かしてフォーカス範囲内に持っていくのが良いと思う。
BKT撮影枚数は設定した手前から奥までの間にちょっとずつフォーカスをずらしながら撮影する、その枚数である。オタクの欲張りな心理として沢山撮った方がいい仕上がりになるんじゃないかと思いがちだが、これは2枚か3枚でよい。理由は2つある。
この種の撮影においてアクキーとブツの間には通常何もなく、したがってフォーカスが合ってほしい物体もない。またアクキーは平べったいので基本的に1枚あればフォーカスが合うし、ブツのほうもそこまでのものを求めていない。
沢山撮影するのは「被写界深度を連続的に滑らかに拡張して手前から奥まで合うようにしたい」というニーズがある場合で、奥行きのある模型のマクロ撮影で細部までくっきり映したいときなどに有効なようだ。沢山撮影するとその分時間がかかる。フォーカスブラケティングにおいては「同じ構図」で複数枚撮影するというところが肝要で、この撮影の場合、特にアクキーとブツの配置がずれてはいけない。さもなくば後工程のフォーカススタッキングのときにぶれた仕上がりになってしまう。あなたがもしスマホとアクキーを手持ちしているならば撮影が終わるまでの間決してそれを動かしてはいけないのだ。枚数が少なければその分早く終わる。
アクキーとブツの配置がずれてはいけない件についてはやはりカメラの人々がするように三脚を使った方がいいかもしれない。三脚もスマホ用のアダプタも安く手に入るので外食先で出すのが恥ずかしくない人は検討してみてほしい。
またアクキーを手持ちしていい感じの場所に配置しようとする場合、肘が宙に浮いた状態を一定の時間維持しなければいけない場合が生じることがあると思うが、その状態で手をプルプルせずにいるということは本当に非常に難しい。したがってアクキーの方も手から離して固定したほうがよい。こういうやつ。
これは何かというとよくスーパーとか雑貨屋とかで値札やポップを固定するのに使われているクリップだ。そんなの見たことないという人は最寄りのカルディに行って確認してほしい。
これは検索しにくいと思うので私が買った商品名を書いておきますが、「せぼね君」です。関節数が多いもの(10連)を買った方が良い。両端がクリップの場合と片方が吸盤のものとある。
そんなこんなで次の2枚を撮影した。
フォーカススタッキング(Photoshop)
まずPhotoshopを使ってスタッキングを行うことができる。Photoshop講座のつもりではないので端折って説明するが、
ファイル>スクリプト>ファイルをレイヤーとして読み込み
編集>レイヤーを自動整列
編集>レイヤーを自動合成>画像をスタック
とする。そうするとこのような写真ができる。
このときPhotoshopには2つのレイヤーがあるのだが、それぞれを単独で書きだすとこのようになっている。
このようにフォーカスがあっている部分だけをマスキングして滑らかに結合したのが先ほどの完成写真であるということだ。
PhotoshopにはAndroid版のアプリもあるが、そちらではレイヤー機能が使えない。我々は外出先で写真を撮ってすぐにSNSに上げたいので、PCが必要になるこの方法は実際の所現実的ではない。
フォーカススタッキング(オンライン)
フォーカススタッキングだけを行ってくれるAndroid用のアプリというものもまた存在しないようである。その代わり、フォーカススタッキングをオンラインで行ってくれる有難いウェブサイトが存在する。
この使い方は比較的自明で、ブラケット撮影した写真をADDしたあとSTACKする。少し時間がたつとダウンロードできるようになる。先ほどと同じ素材で、こちらをつかってスタックしたものがこうなる。
これはオンラインのサイトなので画像をサイト側に送信することになる。このためデリケートな画像がどう扱われるかについては保証できない点に注意されたい。しかしこうした写真はいずれにしてもSNSに上げるつもりでやっているので問題になることはないと思う。
おしまい。
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