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えんとつ町のプペル:鼓動が連動した


念願のえんとつ町のプペルを観に行った。

ずっとプペルの音楽を聴いて物語を想像していた。

これを観ちゃったら私どうなっちゃうんだろう。そんな気分で観る映画がたまにあるんだけど、プペルはよかったー。


冒頭の心臓の鼓動が鳴り響く場面で、私の身体にも音が響いて一緒に脈打ったのさ。
私の心臓は別で動いているはずなんだけど、その瞬間私含めた観客全員の心臓が物語の鼓動と連動した。

ドクンッドクン、

ドクン

ドクンッドクン、


花火を浴びるときと似てた。

鼓動が連動することで

これから始まる物語の住人になったような

そんな感覚

五感をくすぐって魅せてくるとは思わなかったから新感覚だったな。


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絵の美しさはもちろん、キャラクターの心理描写が繊細で感情移入しっぱなしだったな。
ところどころ推しはあるんだけど、特に身体が熱くなった二箇所があった。
観る人によって熱くなるポイントが違うはず、みんなはどこで熱くなった?

はじめはルビッチが周りから壁を作られたシーン。

ダンが狙われ、プペルを信じられなくなり、星を観ることを諦めてしまいそうになるところ。

唯一ルビッチがめげそうになったところじゃないかな。

秋山黄色さんの『夢の礫』が流れるところだね。YouTubeでシーンがちょっとだけ流れるから、『えんとつ町のプペル、秋山黄色、夢の礫』で検索して1分くらいの動画見てみて〜

ルビッチの歩く姿や表情や背中の全てが自分に重なった。


なんかね、その時のルビッチが痛いほどわかって悔し泣き?悲しいような、まだ諦められないようなそんな気持ちが混じった時間だった。


物語にはこの場面の先があった。


『先がある』ってことがどれだけ救いになるか。

ここはとても心にクるけど、この先の訪れを含め自分を励ますシーンになった。


二つめはアントニオ。

私は今まで生きてきてアントニオ側の気持ちが分からないと思ってた。

わからない感覚だと思ってたんだけど、そんなことはなかった。
アントニオは誰よりも、ルビッチと同じくらい星を観ることを願っていた。
アントニオの煙がかった心の奥そこには輝く鉱石があることに気付いてしまった。

ぼんやりしか覚えてないけど
確かに星を見たアントニオが、周囲の環境のせいで「星なんてない」と言い張るようになったシーン。

そこでの言葉が忘れられない。

「あの時諦めた俺はなんだったんだよ」


きっとアントニオはたくさん居る。

私の中にもいる。

自分の気持ち、本当の気持ち


煙に隠してしまわないように。

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最近思うんやけど
ほんまに西野さんはエンタメで世界をとりにいこうとしてるね

今回のプペルを観て、私には煙の中に星が見えた。

それはほんまにこの人達は世界をとれるんじゃないかっていう期待。

しかもそれは私にかかっているんじゃないかってこと。多分、多くの人が思い始めてるんじゃないかな?

「これ私たちも一緒になって世界まで届けた方がいいんじゃないかな?おもろいんちゃうか?」

西野イリュージョンを見せてもらってる感覚やったけど、これおんなじ日本人として一緒に後押しした方がオモロくなるんちゃうかって。


ほんまにディズニーいけるんじゃないか!って思っちゃったもん!笑


おもろい流れには乗っかってこう。


楽しませてもらってますわ。


もう一回くらい劇場で観たいな。

誰か行きたい人いたらお供させてください。

ほんなら!

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