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折れない心を手に入れるために、からだを鍛えることにした

うつ病になって間もない頃に、「筋トレすればうつ病が治る」といった投稿をSNSで何度か見かけたことがあります。当時は今よりもずっと体調が悪かったから、そもそも運動をする気力すらわいてこなかったことと、実際に筋トレをしてうつ病を治した人がいるにせよ、万人に効果のある普遍的な治療方法だと思えなかったこともあって、半分眉に唾をつけながら遠巻きに眺めていました。

体調が回復してくると、ウォーキングなどの運動療法がうつ病の症状を改善するのに有効だとする論文を読んだり、医師で作家の南木佳士さんがうつ病になったことをきっかけに山に登ったり、プールに通ったりしたという話を読むにつけ、適度な運動も必要だよねと思い直して、体調が良い日は近所を散歩したり、市営プールで泳ぐようになりました。

1年で体重が7キロ増えた

うつ病と強迫性障害と診断されて大学を休学してから、もうすぐ1年がたちます。十分な休養と投薬治療と認知行動療法のおかげで、強迫性障害の症状はすっかり影を潜めたし、うつ病の症状だった倦怠感もなくなりました。そのかわりに、体重が増えました。20代を通してずっと42キロを維持してきたけれど、先日約1年ぶりに体重計に乗ると、49キロになっていました。もともと痩せぎすだったから少しくらい体重が増えても問題はなかったのだけれど、今のわたしはいわゆる「隠れ肥満」に該当することがわかりました。要するに、体重は標準だけど体脂肪が過剰についているということ。がりがりだったお腹周りにも、いつの間にかつまめるくらいのお肉がついていました。

原因として考えられるのは、薬の副作用と運動不足です。処方されているのはリフレックス(ミルタザピン)という抗うつ薬で、これを飲み始めてから体調がぐっと良くなりました。リフレックスには不安を和らげるほかに、食欲を増進させる作用があります。そのせいで適量の食事をとった後でも「お腹がすいた」という感覚が消えず、食後に甘いものを食べるということが続いていました。食事の摂取量が増えた一方、運動は週に2回程度ウォーキングをしていただけなので、当然のことながら体重が増えてしまったようです。

恐る恐る筋トレを始めてみた

あれだけ疑いの目を向けていたのが嘘のように、4月の初めから筋トレを始めました。筋トレを始めたきっかけは、実はうつ病の治療とはあまり関係がありません。増えた体重を元に戻す方法を考えていたときに、図書館で筋力トレーニングや代謝を促進する食事に関する書籍を何冊か読んだことで、いわゆる「美ボディ」に単純な憧れを感じたことが筋トレを始めることにつながりました。ぽっちゃりしていた女性が筋トレと食生活の改善を始めた結果、お腹にスッと縦線の入った引き締まったからだに変化していく様子に清々しささえ感じたんです。

今はまだ初心者なので、筋トレはできる範囲でゆっくり、こつこつやっています。Muscle Watching パーソナルトレーナーの高稲達弥さんの書籍とYouTubeを見ながら、夕食前の時間に運動しています。もちろん運動だけでは必要な筋肉をつけることができないので、食事のときはできるだけタンパク質を多く口にするようにななりました。入浴後には買ったばかりの体組成計に乗って、体脂肪率や筋肉量を計測してアプリに記録しています。

フィジカルな強さと心の強さは連動する

でも、「美ボディ」になることだけが筋トレの目標ではありません。筋トレ実践の裏でわたしを精神的に支えてくれているのが、作家で翻訳家の村上春樹さんのセオリーです。30年以上にわたって、ほぼ毎日1時間程度ランニングをすることを習慣にしている村上さんは『職業としての小説家』の中でこう語っています。

小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下部に自ら下っていくことです。心の闇の底に下降していくことです。・・・・・・その暗闇の中には、ときには危険なものごとが満ちています。・・・・・・そのような深い闇の力に対抗するには、そして様々な危険と日常的に向き合うためには、どうしてもフィジカルな強さが必要になります。・・・・・・心はできるだけ強靭でなくてはならないし、長い期間にわたってその心の強靭さを維持するためには、その容れ物である体力を増強し、管理維持することが不可欠になります。

ここでいう「強さ」とは、誘惑に屈したり、他人の批判をはねのけたり、日常生活のストレスに耐えるといった実生活での強さではなく、一人ひとりが持っている資質や能力を人生という長期戦の中で最善のかたちに保ち続けるための「強さ」、つまりは意志の堅固さを指しています。自分の心の底に渦巻いている混沌に正面から向き合い、それらを忠実に言語化するための集中力や持続力を、ランニングというフィジカルな行為によって維持してきたことが、今日に至るまで村上さんがコンスタントに作品を発表し続けてきた土台になっているようです。

わたしが筋トレを通じて手に入れたいのも、そういう「強さ」です。厳しく批判されたり、失敗したり、自信を失ったりしても人生を途中棄権する(自死する)ことなく、自分の人生を生きること。言い換えれば、他人から批判されて落ち込んでもいいし、悪口を言われて傷ついてもいいし、ストレスに耐えきれずに逃げ出してもいい。ただし、十分に生きること。そして、できれば自分の能力を少しでも高めて人生のクオリティーを押し上げること。それは小説家であれば長い歳月にわたって創作活動を続けることであり、医療従事者であれば患者の病を治癒したり、心身の苦しみを最小限にして安寧を確保することになります。

これを大学生であるわたしの生活に当てはまると、授業に出席して、課題を提出して、実習に行って、単位を取って、最終的に国家試験に合格するということになります。「大学生なんて気楽なもんでしょ」と思う人は多いだろうけれど、2年次の途中で挫折して、一時は大学を辞めたい、看護職になんてなりたくない、もう死んでしまいたいというところまで転げ落ちたわたしからすれば、かなり高いハードルです。それだけに、復学を決めたわたしが何より必要としているのは、最終学年まで大学に通い続けるための強い意志であり、その意志を支える強靭な肉体ということになります。

コロナウイルスの影響で大学の新学期が延期となり、ゴールデンウィーク明けからオンライン授業というかたちで講義が始まることになっています。正直なところ、これはわたしにとっては願ってもない状況です。オンライン授業なら知り合いのいない教室で独りぼっちを味わうこともないし、教員から大声で怒鳴られることもありません(オンラインじゃ怒鳴りたくても怒鳴れないよね)。

だから、この期間を存分に活用して筋トレに励みたいと思います(もちろんがんばりすぎは禁物。体調と相談しながらゆっくりと)。そして大学が通常通りに再開された暁には、増強した筋肉と前より少しだけ頑丈になった意志の力で淡々と生きていければいいなと願っています。

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