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「ほろ苦いチュチュ」

エッセイのテーマ:人生最大の失敗
タイトル:「ほろ苦いチュチュ」

幼少の頃の一枚の記念写真。

小さな舞台の上で淡いピンクのオーガンジーの衣装を身につけて、
ふわっと広がったチュチュのはしっこに手を広げて、
少しはにかんだ表情でバレリーナになりきってポーズをしている私。

幼稚園の学芸会で、始めのあいさつを終えた直後の写真である。

うちは決して裕福ではなかったから、
こんな可愛い衣装を着ることは滅多になかった。
それが嬉しかったのか、他の子たちはそれぞれあさっての方向を向いているのに私だけが堂々と舞台の上で前を向いて、そしてあいさつがうまくいったのだろう、自信たっぷりのその瞬間の表情を両親がしっかりと写真におさめてくれていた。

この写真を、ある程度大きくなってからアルバムで見つけた時に、
母は思い出したように、話してくれた。

***

私は学芸会の舞台で、最初に挨拶する選抜メンバーに選ばれた。
嬉しかったのかどうかは小さすぎるから記憶にはない。
でもこの写真を見る限りでは、きっと嬉しかったのだろうと思う。
選ばれたことを両親がとても喜んでいたことだけはなんとなく覚えている。

学芸会の日、選ばれたメンバーはひとりずつ前に出て、
ひとことずつ挨拶の言葉を述べることになっていた。

3歳か4歳の幼児が述べるのだから長い言葉ではない。
一つの文章を短く切りとった単語を、ひとりひとりが発してひとつの言葉にする。

何度も何度も練習したその言葉。
私が与えられた言葉は「2000年」。

今ではその全ての言葉を覚えていないけれど、きっと
「2000年、○月○日、〇〇保育園の学芸会を開催します」
というような文言だったのだろう。

私は母と共に、毎日時間を見つけては自分の担当する言葉と、
前に出て発表する練習をした。

慌てないようにゆっくりと一歩前に出て、「2000年」。
でも発表することよりも何よりも、私はバレリーナの衣装を着れることが嬉しかった。

オーガンジーでできたチュチュの形が崩れないように、
衣装は当日まで大切に保管されて、
舞台の上でつまづいたりしないように
小さなバレエシューズは念入りに点検されて、
おそらく万全を期していたはずだ。

ゆっくりと一歩進んで前に出る。
人の前に出ることなんでそうないし、バレエシューズを履くことも滅多にないから何度も繰り返して練習した。

あれだけ練習したから当日は大丈夫だろうと、
父も母も安心して舞台に立つ小さな私を見守っていたことだろう。

そしてその時がやってきた。
小さなホールに詰め込むように集まった、小さな子どもたちの父母を含む観客たち。
観客を前にして舞台の上に一列に並んだ、可愛い衣装を身につけた数名の子どもたち。

観客の中にはご近所さん、同級生や年長さんのお父さんやお母さん、
地元の人たちが多く集まって子どもたちを優しくじっと見守っていた。

さあ、開会式が始まった。
何度も何度も練習したその言葉を大舞台で披露するときがやってきた。
私の出番だ。

私はおそるおそる一歩前に出て、そして元気よく大きな声でこう言っていた。

「2000円(にせんえん)!!」。

写真を見る限りでは私の表情は自信に満ち溢れている。

自分自身の使命を果たし、
会場に集まった人たちも喜んでくれていただろうと思っていたはずだ。
なぜなら、得意げな満足した表情が写真におさめられているのだから。

話してくれた母の肩は小刻みに揺れていた。


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