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いつもココにいるよ 〜迷い猫Cocoと家族の物語〜

実家には猫がいる。
メスのキジトラだ。
 
その猫がふとしたときに見せる表情はまるでジブリ映画に出てくるシシガミ様のようで、時々心の中を見透かされているのではないかと思うような、ちょっと不思議な雰囲気をまとった猫である。

その猫は2021年7月のある日、ふらりと実家の庭に現れた。
それは父が原因不明の出血で検査入院することになって2ヶ月が過ぎた頃である。推定6ヶ月だろうか、庭先に現れたときはガリガリに痩せた状態の仔猫だった。
 
猫は私が中学生の頃にも実家にいた。父が、友人の家で生まれた子猫を母の許可を得ずに勝手に連れてきたのだ。片方の目の色がブルーの綺麗な顔立ちの白猫だった。私も妹も最初はその白猫に夢中になったが、結局その白猫を一番に最後まで面倒を見て可愛がっていたのは母だった。その白猫が10年後に交通事故で天国へ旅立って以来、母は生き物は絶対に飼わないと決めた。その言葉通り猫も犬も飼わず、我が家に猫がふらりとやってくることもなかった。そもそも実家のあたりで野良猫を見かけることもあまりなかった。
 
実家に猫が来たのはそれ以来である。
その子猫はあまりにもガリガリに痩せていたから、その様子に母は放っておけず思わず餌を与えたらしい。その猫はそのまま実家の庭に居付いた。

母は父が入院していた病院へ車で1時間かけてちょくちょく出かけていて忙しかったから、その子猫にそれほど構わなかった。いや、敢えてあまり構わないようにしていたのだろうと思う。その猫は家の中に入りたがるような仕草を見せることもあったけれど、母は決して家の中には入れなかった。それがわかっていたのか、その猫も無理に家の中に入ろうとはしなかった。

その猫は人懐っこいけどなぜか男性や、初めて会う人が苦手なようだった。一緒に住んでいる2人の甥っ子と妹の夫が近付くと決まってするりと逃げる。それは1年が経つ今も同じだ。
私が実家に帰るときも最初は近寄ってこない。でも時間が経つと近づいてきてそして隣にぴたっと寄り添って側に座る。呼ぶと応えて、撫でると気持ちよさそうに喉をならす。なんとも言えない可愛さがある。

命の恩人だと思っているのか、最初から母のことは好きなようだ。母が車で外出先から戻ってくるときも、音でわかるのか車庫の近くでちょこんと座って待っている。

その猫はすっかり実家の庭に居ついて、テラスに用意された段ボールのベッドと餌用のお皿がある場所が定位置となった。

父が入院中に肺炎になり覚悟を決めて10月に実家に帰ったときも、父が退院して11月に実家に帰った時も、その猫はそこにいた。両親は何かを決めるときは必ず2人で相談して決めるようにしていたから、父の承諾を得てその猫はうちにいてもいいことになった。父によって名前をCocoと名付けられた。
 
Cocoは正式に実家の猫になったけれども、それでも父の体のことを考え、母はCocoを家の中には絶対に入れなかった。
 
男性が近付くと必ず逃げるCocoだったが、11月に帰省したときに玄関先から見えたのは、テラスでカウチに座って庭を眺める父の横に、ぴったりくっついてごろりと横になっていたCocoだった。Cocoは父のそばで居心地良さそうにしていた。このことを母は知っているのだろうかと、1人と1匹が寄り添ってくつろいでいる様子を見て私はちょっと可笑しくなった。父とCocoは既に信頼関係ができているように見えた。

年が明けた初夏のある日、Cocoがいなくなったと母から電話があった。12月に父が他界してからCocoは自然に家猫となったのだけど、そのCocoが一晩帰ってこなかったと。それまでにも1晩だけ帰ってこなかったことは一度だけあったけれども、その晩と翌晩もCocoは帰ってこなかった。

Cocoがいなくなって3日目の朝。母は客室の隣の居間でテレビを観ていた。いつもは父の書斎でテレビを観るのだが、その日はなぜだかそうしたい気分になってたまたまそこでテレビを観ていた。それは父がいた頃は2人揃って並んでテレビを観ていた居間だった。
その時どこからともなく聴こえてきた猫の声。母は耳が遠いから最初は気のせいだと思った。でも何度も聴こえてくるからCocoが帰ってきたと思って玄関へ行った。でもそこにCocoはいなかった。戸惑っていたら、今度は僅かにカサカサする音が。その音は客間から聞こえてきた。

母はハッと思い当たることがあったのか、急いで客室の押入れの襖を開けたら、そこからCocoが出てきた。

Cocoがいなくなったと思ったその日、客室の布団を外に干すために襖を開けて、そして布団を仕舞うときに襖を閉めたそのときにCocoが押入れの下の段に入り込んでいたことに気づかなかったのだ。Cocoもそのときは布団の上で寝ていたのかもしれない。猫は暗くて狭い場所が好きだから。

母は耳が遠いから、客室に近づかないとその音には気付かなかっただろう。Cocoがいなくなって本当は寂しく思っていたその気持ちを「どこかもっと居心地のいい場所へ行ってしまったのだろう」と押し返そうとしていた反面、Cocoは必死で押入れから脱出しようとしていた。
Cocoはきっとずっと鳴いて、存在をアピールしていたに違いない。あとで襖を見たら、襖の内側は爪の跡でボロボロに破れていた。Cocoが元気なうちに母が気付いてよかった。

無事に脱出できたCocoはその後も母にべったり。甘えた声で寄り添ってくる。正式な家猫となってからはうちの中でも外でも、いつも母にくっついて後をついて周る。Cocoの定位置は、父のお気に入りだったテラスのカウチの上と、母がいつも過ごしている父の書斎。その場所で寄り添うように母の横にぴったりくっついて心地良さそうにしている。

今思えば、父が患っていた難病は発症した時点で余命が決まっていたのだろうと思う。父ももしかしたらそれをどこかで感じ取っていたのかもしれない。おしどり夫婦と言われ、持病のある2人は寄り添うように生きてきた。父が息を引き取った日の朝は、母と一緒に恒例の餅つきをしていた。夜に息を引き取る寸前まで母と一緒で、精一杯生きようとしていた。最後は眠るように穏やかなきれいな表情の父だったけれども、母とささやかに静かな生活をもっと一緒に過ごしたかったに違いない。
 
Cocoは、母のことを想う父が天国へ旅立つ前に父の代わりに寄越した猫ではないのだろうかと私は思っている。どうして名前がCocoなのか。父は無口だったから多くを話さなかったし、今となってはわからない。

それにしても、ある日実家に帰って襖を開けたときに、干からびたCocoが出てくることにならなくてよかったと胸を撫で下ろした私だった。

*この物語は事実に基づいて書かれたノンフィクションです。




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