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夢中になった映画の話がしたい

2018年5月、私は1本の映画に夢中になった。
「call me by your name」ルカ・グァダニーノ監督の長編映画5作目。アドレ・アシマン原作。ティモシー・シャラメとアーミー・ハマーをメインキャストに据え、北イタリアの美しい情景とスフィアン・スティーブンスの楽曲や80年代のヒット曲が彩る、純粋なラブストーリー。

とまぁここまでつらつら書いてはみたが、私はそこまでの映画ファンでもないし、この作品も、友達に軽くおすすめされて気になって観に行った程度だった。恥ずかしながら監督の名前も、キャストの名前も知らずに観に行った。そして、日を変え、一緒に行く人を変え、シアターを変え、計3度観に行った。3度も劇場に観に行った映画は、この映画が初めてだ。

圧倒された。ストーリー、役者の演技、劇中歌、北イタリアの美しい情景。すべてが完全に一つの世界観を作りあげ、私はその中に完全に沈み込むことができた。


1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。彼は大学教授の父の助手で、夏の間をエリオたち家族と暮らす。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、まるで不思議な磁石があるように、ふたりは引きつけあったり反発したり、いつしか近づいていく。やがて激しく恋に落ちるふたり。しかし夏の終わりとともにオリヴァーが去る日が近づく……。
映画『君の名前で僕を呼んで』公式サイトより

ストーリーは単純なようでいて、様々な要素をはらんでいる。17歳の少年の思春期らしい揺れ動く心、24歳の青年の思い悩む心境、すれ違い、純粋な思いだけではどうにもならないという現実。

それらも十分取りあげるのに値する深さがあるのだが、私が最も惹かれたのは意味の分からなさ、である。それが現実に即しているように感じられ、映画にのめりこんでしまったのだ。

たとえば、エリオはオリバーに好感を持ち、オリバーのことを気にしながらそわそわしつつ、マルシアを抱く。マルシアのことは最初は好きだったようだが、その後マルシアに「私たちって付き合ってる?」と聞かれて、さぁね、といったようなジャスチャーをする。
ここで、王道の物語描写に慣れてしまった私は「え、どうして?オリバーが好きなんじゃないの?真面目で晩熟のように描かれているエリオが、付き合う気はないのにマルシアと関係を持ってしまうの?」と不思議に思ってしまう。意味が分からない。

また、オリバーは最初からエリオに興味を持っていたようだが、エリオがオリバーに心ときめかすようになった具体的な瞬間やきっかけなどは明示されない。「あれ?普通はわかりやすいBGMとか効果的な描写があるよね?」と、普通という枠から出られない私は気になってしまう。

また、最後の結末などもその典型だ。
「忘れないっていうくらいなら…」と文句の一つも言いたくなってしまう。肝心の理由がついぞ明かされないからだ。(決定的なネタバレをしたくなくて、このようなはがゆい表現になってしまうことを申し訳なく思う)

このように、普通の王道の映画を見慣れた人なら、ええ?と思ってしまうような言動、これがこの映画の大きな魅力なのではないかと個人的には考えている。この、或る意味物語的でない部分に、登場人物の物語を超えた人間性を見出してしまうから、どうしようもなく魅力的に映ってしまうのではないだろうか。

また、この作品は男性同士の恋愛を描いた作品だが、男性同士といった点に関しての偏見や批判が全くと言っていいほど劇中に現れないのだ。男と女であっても何も変わらなかったのではないか、と思わせつつ、それでも何かが決定的にかわってしまうかもしれないと観客に思わせる、絶妙な、目に見えないバランスもこの作品の魅力だと思う。

もちろんこの映画の魅力はもっとたくさんある。劇中の挿入歌もその最たるものではないかと思う。スフィアン・スティーブンスのもの悲しさを含んだ美しいメロディは、終わりが近くに見えている、避暑地の夏の物語にぴったりだし、80年代のヒットソングも、それを知らない私にもどこか懐かしく感じられ、耳に残るキャッチ―さを物語にも分け与えている。随所で用いられるクラシックのピアノ曲も、坂本龍一が手掛けたものもあり、場面を見事に表現している。

最後に俳優陣の演技だ。アーミー・ハマー演じるオリバーは、24歳で、大人の余裕でエリオを翻弄したかと思いきや、エリオの一挙手一投足に乱される素直さも持ち合わせている。華やかな存在感で、池のシーンで金色のまつげが水にぬれたシーンなどはほれぼれした。

エリオの父を演じるマイケル・スタールバーグは大きな包容力で登場人物を包み込む。泣くエリオに自身の過去の話を織り交ぜつつ、そっと諭すシーンは圧巻だ。原作からほぼそのまま採用されたらしいこのシーンは、物語の肝になっている。

そして、エリオを演じるティモシー・シャラメ。彼の視線は憂いを帯び、疑問をストレートに投げかける。表情は雄弁に愛を語る。ラストのロングカットは声も出ないほどの名演技だ。終わりよければ…という言葉があるが、この映画を大きく印象付けているシーンであることは間違いない。

今年この映画に出会うことができて、私は心底幸せだ。
また、来年の夏にも必ず見たい。
まだ残っている今年の夏には、ぜひ英語版の原作を読破したいと思っているところだ。



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