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目の前のものを破壊することでしか、見えてこないことだってある

ここ最近、なかなかに忙しくてnoteに時間を使えていなかった。Twitterはめちゃくちゃ更新してたので、もしかしてぺるしあって暇なのでは?と思う人もいるのかもしれないが、意外とそんなことない。結構忙しいのだ。
最近は勉強をがんばっている。褒めて欲しい。というようなことはさておき、忙しい生活を送ってきて、いろいろ思うこともあったので駄弁っていこうと思う。

実際のところ、9月前半はめちゃくちゃ忙しかった。勉強とかバイト、その他諸々やらなきゃいけないことが積み重なっていて、バイトから帰ってきたら勉強しなきゃいけないのにそのまま死んだように寝てしまう、とかよくあった。自分でも危機感を感じた。このままでいいのか?こんな生活を続けてたらいつか倒れてしまいそうだと、本気で思った。だからといってどうする?バイトなんてそんな簡単に長く休むなんて言えないし、勉強はやらなきゃいけないことだし、サークルのバンド活動のための練習は欠かせないし… 色んなことが山積みで深く考える余裕すらなかった。
実際、かなり悩んだ。どれかを捨てないといけないのはわかってる。でもそんなことできない。何かを捨てたら他の人にまで迷惑がかかりそうで… というように。
最終的に、ひとつの結論を下した。一旦勉強を捨てよう。単位取得は最低限やればいい。基本、バイト以外の時間は自由に使おう、と。
こう結論を下すと、面白いほどに変化が現れる。忙しい時は全くわからなかった数学の証明のアイデアが降ってきたり、サークルのバンドの新曲のフレーズが思いついたり。忙しい時には行き着くことができなかった、思考の深い領域まで、勉強を捨て心が軽くなったことによって考えられるようになった。

よく、要領のいい人は「まず次のプランを考えろ。それから行動しろ。」という。しかし、要領の悪い自分はそんなことできない。普段の生活でいっぱいいっぱいなのに、次のプランなんか考えてる暇ねえよ、って思ってた。だから、自分たちのような凡人は、一旦やってることにストップをかけ、それからプランを考えなければならない。まず、目の前のことから逃げる。そこから柔軟に考えていく。それでいいのだ。
忙しいなか、頭をフル回転できずに考え出したプランなんて欠陥があるにきまっている。
新しいことや、現実を変えるためには思考し続けなければならない。しかし、それはコンディションが保たれてる上での話だ。私たち凡人には、手を動かしながら思考するなんて無理な話。

思考を止めるくらいなら、一旦手を止めろ。

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