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ハーフェズ占い

前回お約束していたハーフェズ占いについて。

ペルシア文学の古典中の古典、神秘主義詩人ハーフェズの暗示と寓意に満ちた意味深長な詩は無数の解釈と読解が可能な詩体であって、その美しく暗示的で造詣に満ちた独特の詩法で、様々な思いで彼の詩を手にとる人々の心を力強くかつ繊細に癒してくれる。こうして、悩み事や心のわだかまりを抱えた人々が思い思いにハーフェズの詩集を開いて彼の神秘主義詩に水先案内を求めてみるのが、今でもペルシア文化圏で多くの人々に親しまれているハーフェズ占い。多くの家庭の本棚にはコーランと並んで美しい装丁のハーフェズ詩集がそっと置かれていたり、街角のハーフェズ占いでは、鳥かごの小鳥がハーフェズの一編の詩をついばんで渡してくれる。

ペルシアの春のお正月には、春の瞬間の訪れを祝うカウントダウンの後、お正月のお飾りのひとつに並んだハーフェズ詩集を手に取って、新しい年の船出を占ってみる風習がある。ペルシアでお正月を過ごす時は、私も一年の幸運を願ってハーフェズ詩集の頁を繰り、偶然に導かれるようにして一編の詩を選んでみる。ハーフェズ占いをする時はいつもそうなのだけれど、まずそっと深呼吸して、目を閉じて心の中の願い事を思い浮かべてから、心の向くままにえいっと思い切って詩集を開いてみる。


いつのお正月だったか、もう忘れてしまったけれど、ある年、友人宅に招かれてペルシアの春のお正月を過ごしていた時、ハーフェズ占いでこんな一編の詩(といってもハーフェズの神秘主義詩は本当はもっと長いので、その一節なのだけれど)に行き当たったことがある。

そよかぜがバラからヴェールを取り去ろうと

ヒヤシンスの巻き毛をひっぱり出し

蕾の上着の結び目を解いてしまった

ここではただヒヤシンスと訳されているけれど、ハーフェズが歌っているのはムスカリこと野生のヒヤシンスで、ペルシア文学では古くから多くの詩人たちが春を告げるこの紫色の野の花について詩を詠んでいる。詩人たちはきっとまだ肌寒い春先の野歩きで雪の合間から顔を出した野生のヒヤシンスを見つけて、美しい詩にしたためたに違いない。

ペルシア文学を専攻していた友人は、「ハーフェズの詩は暗示的で幾重にも解釈できるから難しいの!」と言って、その難しい幾重もの解釈の講義を始めたその隣で、彼女のずっと年上のお姉さんが「でもこの詩はあなたのもとに幸運を運んでくれたわよ」と微笑んでいた。いったい幸運の印はこの詩のどこにあるのだろう?とふと疑問に思いつつも、友人が皆を巻き込んで始めた文学講義のほうに気を取られて、お姉さんのハーフェズ占いは聞きそびれてしまったのだけれど... でも幸運を運んでくれたというヒヤシンスの詩を手帳に書き留めて、何度か呟いてみた。きっと、つぼみが花ひらくように、ふわりと花を咲かせてくれるような幸運を待つ、素敵な年明けになりそうだった。

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