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【シロクマ文芸部:風鈴と】SS:鳴かない風鈴

 風鈴と二人でカゼノ醫院に行った。「音が鳴らない」と風鈴が泣くから風が凪ぐ夜を待って受診した。

amusia
-失音楽症-
ですな

 医療用ライトで照らされた風鈴のストラクチャーが虹色に染まる。カゼノ先生は言った。

音楽をたっぷり聞かせて
この子の代わりに歌うとよかろう

そのうちまた
鳴り方を思い出すかもしらん

 僕は困ってしまった。楽器も弾けないし、風鈴のようなプロフェッショナルの鳴り物に聞かせる程の声も持ち合わせていない。

 だからSpotifyで、名曲といわれるメロディを昼も夜もなく流し続けた。でもあらゆる音色を注いでも、風鈴は少しづつ枯れていくように見えた。

 去年の夏、付き合っていた彼女にせがまれて露店で買った風鈴。息を吹きかけたり耳に当てたりして二人で戯れあったっけ。

 けれどいつしか僕たちの間には隙間風が吹き始め、ヒグラシの鳴く頃、彼女は静かに僕の元を去った、季節外れの風鈴を残して。

 そういえばあの頃、風鈴がよく聴いていたのは「翳りゆく部屋」だったな。

 僕はこっそりユーミンとバスルームで練習して、間に合わせの拙いギターに合わせて何度も歌った。

 風鈴は窓辺で僕の声にもたれながら夕日を浴びて聴いていた。

 僕は知っていた。僕が見ていないところで、風鈴が首を傾げたり唇を窄めたりして音色を思い出そうとしているのを。

 それは正しいことだった、でも少し寂しいことでもあった。

 僕は歌うのが好きになりかけていた。このままずっと風鈴のために歌いたいとさえ思い始めていた。だから心のどこかで今日と同じ毎日が続くことを望んでいた。

 僕は言った。

急ぐことはないさ
そのうちきっと良くなるよ

 風鈴は返事をする代わりにぎこちなく微笑んだ。

 明くる朝、早くに目覚めた僕は、エアコンの冷気で草臥れた部屋を開放しようと窓を開けた。

 すると風鈴は、待っていたかのように澄み切った羽を広げて夏の向こうへと飛び去った。

 ちりんと風の音がした。


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