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私だけの「特別」を求めて[梶谷 伊織]

特別な人間になりたかった。
自分が死ぬとき、人生を振り返って、私は私だけの特別な人生を生きたと言えるようになりたかった。
今日は私がどんな考えで宇宙を目指し、どんな研究をしているかを話そうと思う。

幼い頃、「自分は特別な人間だ」と思っていた。
こじつけ的で見当違いな理由をいくつも並べて、自分は特別な人間だと信じて疑わなかった。
だが、ある日突然、自分の平凡さに気が付いた。
自分は70億人もの人間のうちの、何の変哲もないただの一人だった。
普通の学生生活を送って、普通に就職して、普通に家族を作って、普通に死ぬ。
まるで私の全生涯にわたって、真っ黒な道が敷かれているような、そんな気がした。
想像力の乏しい小学生の私は、そんな未来に耐えられなかった。
70億の人類の中でただ一人の私になるために、自分だけの「特別」が必要だった。

そんな「特別」を探していた中学2年生の頃、テレビでアポロ計画のドキュメンタリーを見た。
38万キロも先の天体に人類を送り込もうと躍起になっていた海外の研究者たち。
人類が初めて月面に降り立つ瞬間を、何億人の人が同時に見守っていたのだろうか。
その瞬間、堰を切ったように喜び合う管制室の人々。
これだ、と思った。
ここに映っている人々は、人類の偉業に多大な貢献を果たした自分の人生を、特別だと言い切れるに違いない。
月への到達は、私が生まれる30年も前に達成されてしまったが、幸いなことに火星に到達した人類はまだいない。
人類の火星到達に貢献出来たら、私の人生はきっと「特別」になる。
私はそう信じて生きることにした。

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図1 アポロ11号管制室の様子 Credit:NASA
(https://www.nasa.gov/multimedia/imagegallery/image_feature_2313.html)

いつか火星探査をするときに、火星の知識が役に立つだろうという安直な考えで、大学では火星を研究テーマに選んだ。
学部から院にかけての3年間で、地球で手に入る火星の石を詳しく調べ、太古の火星環境の再現を試みた。
実は火星の石は地球で手に入る。
隕石として稀に降ってくるのだ。
これらの隕石が火星から来たと推定される理由は、隕石中に含まれている気体の成分がバイキング探査機により分析された火星の大気と非常に似ていたからだ。
私はその中の一つを分析することで、その隕石が火星にあった頃の、大昔の火星の表層環境を調べる研究を行った。

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図2 Allan Hills(アランヒルズ) 84001と呼ばれる火星隕石
© NASA

隕石の分析には、X線構造解析を用いる。
X線を試料に照射し、それによって発生するX線の特性から元素の種類や化学種を推定することができる分析方法である。
この分析手法は、試料を非破壊で、かつ低濃度の元素を局所的に分析できるのが特徴だ。
X線構造解析を行うために、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)を利用する。
このSPring-8は非常に巨大な実験施設で、世界三大放射光施設の一つに数えられており、その外周は1.5 kmにも及ぶ。
あまりに大きいため、実験室の中は自転車で移動する。

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図3 SPring-8全景
(http://www.spring8.or.jp/ja/about_us/whats_sp8/)

このように、ものの構成物質について化学的な手段を用いて研究する分野を「地球化学」と呼ぶ。
今までの太陽系探査を見てみると、物理学的な解析手法を用いるリモートセンシング(ものを触らずに調べる技術のこと)データの取得が中心であった。
しかし、近年の観測技術の向上から、地球化学的な解析手法を用いることができるデータが多く取得されるようになった。
つまり、実際に手に入る物質の分析を専門とする地球化学研究者が、太陽系探査において活躍できる時代が到来しつつあると言える。

人類はこれから多くの地球外物質を手に入れるだろう。
はやぶさ2帰還の次はOSIRIS-RExが控え、MMX、Mars2020等のサンプルリターンが着々と計画されている。
このような流れの中で、物質分析の技術と知識を持つ研究者は今後ますます活躍の機会が増えるだろう。
JAXAにも地球外物質分析センターが設置され、太陽系の進化の謎を解明するため日夜分析が進められている。
太陽系探査を夢見る人は、地球化学研究者が将来の選択肢の一つとして考えられることをぜひ知っておいてほしい。

さて、ここまでとうとうと私の半生を語ってきたわけだが、私は果たして特別になれただろうか?
その答えはまだ分からない。
多分死ぬ直前まで分からないのだろう。
だけど、ここ十数年無我夢中で求めてきた「特別」は、私に多少なりとも生きる糧を与えてくれた。
幼い頃に感じた、平凡な人生への絶望感は、今はもうほとんど感じない。
私が選んだ「特別」はたまたま宇宙だったけれど、多分何でも良かったのだとも思う。
大切なのは、自分が納得できる「特別」を追い求めること、それ自体にあるのだろう。
私はこの春大学院を卒業し、これからはJAXAの宇宙科学研究所で探査機のデータ解析を行う研究者として働く予定だ。
今回はだいぶエッセイ色が強くなってしまったが、また機会があれば、今度は理学系の研究者として皆さんに宇宙開発の魅力を発信していきたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。またどこかで。



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梶谷 伊織
宇宙航空研究開発機構(JAXA)

【専門・研究・興味】
宇宙化学、火星隕石の化学分析に基づく火星表層環境の研究、火星探査

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