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人類文明のイヤイヤ期-2018.12月号Twinkle Twinkle Anecdote 6

ミーちゃんはイヤイヤ期真っ盛りである。

今日は2週間に一度の職場が休みの金曜日なので、この原稿や他の諸々の仕事をやっつけてしまおうと思ったのだが、朝9時を過ぎてもミーちゃんが床に座り込んで

「バアのミニー、着るぅぅぅぅぅう"う"う"!!うぎゃぁぁぁぁあああ!!」

とかれこれ40分もフルスロットルで泣き叫んでいる。

「バアのミニー」とは、ミーちゃんお気に入りの二枚のミニーマウスのシャツの一方である。もう一方はミニーちゃんがリボンで顔を隠すポーズをしているので「イナイイナイのミニー」、こちらは特にバアをしているわけではないのだが、イナイイナイではない方なので「バアのミニー」だ。

最近アンパンマンに飽き始めたミーちゃんは、ディズニーの擬人化ネズミにどっぷりだ。昨日の登園ファッションは、バアのミニーのシャツにミニーのズボン、パーカーと髪をくくるゴムはミッキー、そしてパンツまでミニーという徹底ぶりだった。そろそろ本物の耳が生えてきそうである。

ミニーちゃんなら何でもいいのではない。その日の姫のご気分によりどのミニーの服を着たいか変わる。

「バアのミニーはね、昨日着てお洗濯してないから、今日は着れないの。イナイイナイのミニーちゃんでいい?」

と言っても絶対に聞かない。

キリンちゃんやらウサギちゃんやら電車やらヘリコプターやら、他のミー様お気に入りの服を見せてもイヤ、イヤ、イヤ。一度これと決めたら決して曲げない。パパとママが言うことを聞くまで何時間でも泣き続ける。妻曰く僕は相当に頑固らしいが、それをはるかに上回る頑固さである。

事実、ミーちゃんの頑固は凄まじい。数ヶ月前の夜2時頃、突然覚醒したミー様は僕を蹴り起こし、

「パパだっこで、おくじょ(屋上)で、トゥインクル・トゥインクル(星)みにいく!!」

と理由もなく言い出した。

なんでも言うことを聞いていたら教育上良くないし体力も持たない。無視することにした。こうなったら我慢比べだ。パパだって頑固には自信があるんだ。そう簡単には折れないぞ。

布団を頭からかぶって拒絶のポーズ。でもミー様は諦めない。鬨(とき)の声を上げて敵に襲いかかる足軽兵のように、「うぎゃ~~」と叫びながら鬼の形相で走ってきて僕に馬乗りになり、布団を引き剥がそうとする。

「わかったミーちゃん、ベランダから見るのじゃダメ?」

と聞いても納得せずギャン泣き続行。

1時間後、僕の心は折れた。

「しょーーーーーがないな、屋上連れて行ってあげるよ!!」

そう言った途端、ミー様はピタリと泣き止み、今までのギャン泣きが嘘だったかのようにご機嫌に。その笑顔はパパに勝利した満足感であふれていた。

屋上で月やら火星やら土星やらを一通り見せてベッドルームに帰ってくると素直に横になり、

「パパ、トゥインクル・トゥインクル、キレイだったね、きゃはははは」

と悪気のかけらも無くニコニコ笑う。そしてトドメは

「パパ、だ~いすき!」

と抱きついてチュ。それだけで男の心はチョコレートのように溶けてしまうこと、そしてまたワガママを許してしまうことを、この2歳児はよく知っているのである。

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とまあこんな話は、子育てを経験されたお父さんお母さんには聞き慣れた話だろう。イヤイヤ期は世界普遍だ。英語でも2歳児を”terrible twos”(酷悪の2歳)と呼ぶ。

しかしそもそもどうしてイヤイヤ期なんていうものがホモ・サピエンスにはあるのだろうか?

イヤイヤ期に進化上の必然性があるとは思えない。つまり、バアのミニーを着ることを40分も粘り続ける2歳児の方が、そうではない2歳児よりも生存上有利だなんていうことはあるまい。(あってたまるか。)

心理学的には、イヤイヤ期とは成長の過程での過渡的な現象と捉えられているようである。2歳頃になると、意思が生まれ、欲求が生まれ、それを言葉にする表現力も手にする。知能が急速に発達し、様々なことを理解できるようになる。身体的にも成長し、泣き声や時には腕力で他人に言うことを聞かせる力も持つようになる。一方で、理性や感情のコントロール、他人の気持ちを理解する能力は未だ成長過程だ。

なんとかミーちゃんを保育園に送り届けて一息ついた後、さっき「バアのミニー」を着たいと泣き叫んでいたのは、成長しようと必死に頑張っている姿なのだな、と思うとなんだか愛おしく、叱ったことを申し訳なく思えてくる。(とはいえ、また夜になってワガママ放題が始まるとそんな気持ちも吹き飛ぶのだろうが。)

時々思うことがある。我々人類文明は、ミーちゃんのように「イヤイヤ期」にあるのではなかろうか。

『宇宙に命はあるのか』に繰り返し書いた通り、人類文明1万年の歴史は、宇宙の時間的スケールに比べればほんの一瞬でしかない。我々はまだ生まれたばかりだ。

2歳児の親は大抵、「うちの子は天才じゃないか?」と思っている。言語能力や知能が驚くほど急速に発達するからだ。

人類文明の、ここ数百年の急速な科学技術の発達と産業化の進行は、それに似てはいまいか。

そして、文明としての意思や欲求の萌芽、急速な知識の蓄積、他者を屈服させる力の獲得。一方で理性や感情コントロール、他者の気持ちを理解する能力が未発達な点も…

電車の駅などで困った顔のお母さんが泣き喚く小さな子を連れているのを見ると、ああ向こうのお子さんもミーちゃんと同じようにすくすく成長しているのだなあ、と温かい気持ちになる。

もし地球を観察している宇宙文明があるとしたら、自らの欲求をコントロールできず喚き散らすワガママ放題の幼い文明を見ながら、「ああ、あそこも成長しようと必死に頑張っているのだなあ」と温かい気持ちで見守っているのかもしれない。

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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